インタビュー・座談会
インタビュー
SCプロフェッショナル ミライへの挑戦
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第1回
(株)東京ドーム
田部井 一哉 さん
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第2回
イオンモール(株)
佐久間 達也 さん
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第3回
JR西日本大阪開発(株)
今治 加奈子 さん
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第4回
(株)成城石井
吉田 広美 さん
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第5回
(株)グルメ杵屋
石出 弥絵 さん
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第6回
(株)トリニティーズ
中山 亮 さん
インタビュー
SCプロフェッショナル ミライへの挑戦
(株)東京ドーム 田部井 一哉 さん
(1)現在の業務内容について教えてください。
商業施設事業全般を担当しており、近年は複数エリアでのリニューアル計画を企画立案し、プロジェクトマネジメントがメイン業務となっています。2023年5月に開業20周年を迎えた「ラクーア」のリニューアルにおいては、近隣顧客へのマーケティング調査から「飽き」の要因を分析し、文京区を中心とした都心生活者のライフスタイルと商業MDのギャップを探り、大幅なMD見直しと食物販フロアの新規開発を推進しました。また現在は「東京ドームシティ」の共用部を刷新するプロジェクトにおいて、商業区画の新設による賑わい創出に取り組んでいます。エンターテインメントシティでありながら公園でもあり、また近隣顧客の生活利便施設でもある東京ドームシティでは、顧客によって要望や来街動機が大きく異なるため、商業施設事業においてもその多面性に合った価値を提供していきたいと考え、顧客に向き合い、観察しながら、日々試行錯誤しています。
(2)SC業界との関わり・つながりについて教えてください。
ラクーア開業後に商業施設の運営業務を担当することになり、日々の疑問に対する答えを探して、日本ショッピングセンター協会(以下、SC協会)主催のセミナーに参加したり、少ない知り合いに飲みに連れて行ってもらったりして、ショッピングセンター(以下、SC)業界のなかで知り合いが増えていきました。ノウハウを隠すのではなくむしろ共有することで互いに高め合っていく、真似するのではなく参考にしてオリジナリティを加えていく、そんなSC業界の風潮が素晴らしいと思い、SC業界で活躍するたくさんの先輩からさまざまな事例や手法を教えていただきました。
SC経営士やSCアカデミーでのネットワークも、日々の仕事にとても役立っています。東日本大震災や新型コロナウイルスといった前例のない事態に直面したときに、SC業界の仲間たちと悩みを分かち合い、議論し合い、良い対応事例を共有できるネットワークがあったことは、本当にありがたかったです。
何より、同じSC業界で働く皆さんと飲む時間が楽しいですね。飲んでくだらない話をして笑い合っているだけの時間なのに、翌朝になると学びが残っているんですから、最高です。
(3)仕事において印象に残ったエピソードや苦労したことを教えてください。
テナントリーシングを担当していた期間が長いので、やはり新店オープンの瞬間には何度立ち会っても感動しますね。交渉や設計施工で苦労した店舗ほど、オープン初日にお客さまが楽しそうに食事・買い物しているシーンを見ると、嬉しくて泣きそうになります(おめでたい日なので人前では泣きませんが)。
直近ではラクーアの開業20周年リニューアルの一環として、25店舗で構成される食物販フロア「DELI&DISH」の開発プロジェクトを担当しました。それまで食品業態はスーパーマーケット1店舗だけのSCでしたので、食品テナントさんとのネットワークもなく、食品フロアの運営経験も設計ノウハウもありません。そのうえ、コロナ禍での計画推進そしてリーシングとなり、当初の想定以上に苦労し、多くの方に助けていただきました。
ここでエネルギーになったのが、主要顧客である近隣住民の皆様からの「期待」です。事前のマーケティング調査においてグループインタビューを実施し、近隣在住顧客からラクーアに対するご要望や食に関連するライフスタイルをお聞きしたのですが、そこでいただいた「私たちのラクーアにもっと良くなって欲しい!」という熱い想いが自分の心に深く突き刺さりました。計画段階でも、施工段階でも、トラブルが起きるたびにその顧客様の顔が浮かぶんですよね(笑)。「あれだけラクーアを愛するお客さまに意見を聴いておいて、中途半端なリニューアルで終わらせられない」という気持ちが沸いてきて、モチベーションの源泉になりました。
開業して想定以上のお客さまにご利用いただき、近隣顧客の方々が楽しそうにお買い物をしているシーンを見て、影でこっそり泣きました。
(4)仕事において常に意識していること、大切にしていることを教えてください。
「昨日の常識は明日の非常識」という意識を常に持つようにしています。人々の生活は常に進化・変化しているので、未来を想像するうえで常識という固定観念によって思考の範囲を狭くしてしまうことがないよう、自分自身の常識や価値観を疑うように意識しています。
過去の成功や、成功に至った経緯や手法を学ぶことはとても重要ですが、その成功に至った方程式が未来にも通用するとは限らないので、SCや商業という括りを取り払って発想してみることを心がけています。と偉そうなことを答えましたが、実際には自分の発想の小ささ、狭さに幻滅することも多いです。発想の幅を広げるために、できるだけ異なる世代の人、異なる属性の人、異なる意見の人の話を聞くようにしています。同じ志向の人と同調してしまうと、それは快適でスムーズなのですが、前例踏襲型の志向や行動に疑問を持たなくなってしまうので。
(5)SC業界を取り巻く環境が日々変化するなか、SC業界またはご自身の仕事において“危機感・課題感”または“期待感”を持っていることについて教えてください。
これまでSCには縁がなかった業種・人材がSC業界に流入してくることで、「SCという括りが破壊されること」を期待しています。SC協会創立50周年のタイミングで失礼な表現になるかもしれませんが、“SC(ショッピングセンター)”という業態概念はすでに意味をなさないと思っているので、新たなテクノロジーや発想を取り込むことによって、ショッピングに留まらない新たな価値やシーンを創造できる業態に進化していくことを期待しています。
一方で課題感としては「『好き』という感情が表現される場面が少ないこと」でしょうか。SC業界が成長する過程で活躍された先輩方は、歳を重ねた今現在も『SCが好き』『商業が好き』という想いが溢れています。情熱的で、前向きで、社交的で、ノリが良くて、フットワークが軽くて、バイタリティが湧き出てくるような人がたくさんいます。もっと良い施設を、もっと楽しい空間を、という「欲求」があるからこそ新しい価値が創造されると思いますし、そういった感情を表現している人に情報やチャンスが集まってくると思っています。ですので、若い世代にももっと欲や感情を表に出して活躍して欲しいですね。
(6)(5)の内容を踏まえてご自身が現在取り組んでいること、または今後目指したい・挑戦したいことについて教えてください。
「SC」「商業」という括りを打ち破って、楽しくて新たな発見に満ちた空間を創りたいですね。そのためには、場所・時間・関わる人・ルールなど、従来から踏襲してきた仕組みを常にリセットしながら仕事に取り組みたいです。これまでSCに縁の無かった企業や人と連携して、これまで開拓できていなかった時間帯に価値を生み出したいですね。自分にとって居心地の良い旧知の仲間との仕事は快適ですが、それでイノベーションを生み出す力は自分にはないと思うので、年齢を重ねても新たな出会いを貪欲に求めて、自分の発想の幅を広げていきたいと思います。リアルとヴァーチャルが常に連動する時代だからこそ、新しく出会った方に「自分の考えを『感情を込めて』伝える」ことが今まで以上に大事になると思っているので、より情熱的に表現できる”濃いひと”でありたいと思っています。
<プロフィール>
(株)東京ドーム
マーケティング戦略部 副部長
田部井 一哉
1998年(株)東京ドーム入社。フードコート「ゴファン」(2011年夏・新規開発)、「ラクーア」(2023年大規模リニューアル)など、現在は東京ドームシティ全域のリニューアル推進業務およびテナントリーシングを担当。SC経営士(第17期)。SCアカデミー卒(6期)。
※本内容は掲載時点のものです
インタビュー
SCプロフェッショナル ミライへの挑戦
イオンモール(株) 佐久間 達也 さん
(1)現在の業務内容について教えてください。
現在、CX(Customer Experience)創造によるリアルモールの魅力最大化を推進する「CX創造ユニット」において、デジタルマーケティングを担当しています。具体的には、ご来店いただくお客さまの集客や売上分析をはじめ、位置情報を活用した人流分析、カードご利用による購買行動分析など、データに基づいてさまざまな仮説・検証を行い、各モールが実施する販促やプロモーションの効果が最大限発揮されるよう戦略的に取り組んでいます。
またデジタルマーケティングの専門部署として、デジタル領域のコミュニケーション施策を強化するとともに、全国にある約150のモールがそれぞれにおいて同様の分析や検証ができるよう、分析ツールの整備や社内教育、事例紹介などの取り組みを進めています。
(2)SC業界との関わり・つながりについて教えてください。
ショッピングセンター(以下、SC)業界に入ったのは3つの理由があります。
第一に、学生時代に「家族心理学」を学び「家族のふれあいの場を作りたい」という想いから、SCでぜひ働きたいと思っていました。
第二に、大学祭運営委員会に所属し、みんなで一緒に1つのものを創り上げていくプロセスが楽しく、ディベロッパーも地域・テナントの皆さんと一緒にモールを創り上げていくことに興味がありました。
そして第三に、何よりもSCに行って過ごすことが好きでした。
当時の就職説明会において、人事担当者に大学祭運営員会で作成した自分の名刺を渡したことを覚えています。
その後無事に入社することができ、イオンモールでの勤務も新店の開設業務やリニューアル店舗の業務など、多くの経験を積ませていただきました。特にSC業界と強いつながりを持たせていただいたのが、2017年から2020年の2年半、日本ショッピングセンター協会(以下、SC協会)への出向の機会でした。
(3)仕事において印象に残ったエピソードや苦労したことを教えてください。
SC協会からイオンモールに帰任して間もない2020年4月、新型コロナウイルス感染症拡大による休業対応を行うことになりました。
営業本部長付という立場で、日々刻々と変わる感染状況や各エリアの行政による対応方針を確認しながら、モールの営業をどうするのか、本部メンバーとともに頭を悩ませながら対応する毎日でした。モールを休業するか否か、また休業することを決めた際にもその範囲をどうするのか。再開する際は何を基準に再開を決めれば良いか、お客さまに安心してお越しいただくために何を対策しどう伝えるべきかなど、試行錯誤の連続でした。
このような未曽有の事態に対応する際にお世話になったのが、SC協会在任中にお会いした方々でした。どの会社も同じ状況下であることから、他社ディベロッパーの皆さんと情報交換することで連帯感を持ち、時に悩みの共有をし、時に励まし合いながら乗り越えることができました。これらを通じて、SC協会で作らせていただいた横のつながりの大切さを改めて実感することができました。
(4)仕事において常に意識していること、大切にしていることを教えてください。
「ポジティブに」「原理原則を大事に」「チームで取り組む」を大切にしています。
考え方は基本ポジティブです。ポジティブな言い方をすることを心がけ、失敗をしたときでも考え方・言葉遣いが変わるだけで、受け止め方や次へ活かす視点を持てるかどうかが大きく変わってきます。
何かを判断するときには、原理原則を大事にしています。その場しのぎにせず客観的に考え、自分都合ではなく良心に照らし合わせておかしくないかを考えるようにしています。
そして、チームとして成果を出すことを心がけています。どうしても一人でできることには限界があるので、チームメンバーの意見に傾聴し、またメンバーの長所を活かし、チームとしてのパフォーマンスを最大化することを意識しています。
(5)SC業界を取り巻く環境が日々変化するなか、SC業界またはご自身の仕事において“危機感・課題感”または“期待感”を持っていることについて教えてください。
危機感・課題感としては、今、改めてSCとしての存在意義が問い直されているように強く感じます。
ミクロ的な視点で見れば、コロナによって加速度的に変化したお客さまの心理・行動変容によって「時間の使い方、余暇の過ごし方」が変わり、「購買行動」が変わっていることに対してどう対応するべきか。ただし、それらはコロナ前からも起こっていた変化であり、コロナによって問題がより顕在化した内容かと思います。本質的には、常に変化し多様になっているお客さまのニーズ・インサイトをいかにキャッチし、どのようにその半歩先、一歩先を提案できるかが今まで以上に重要になっています。
マクロ的な視点で見れば、人口減少、少子高齢化、SCの中心顧客(ファミリー層)の年齢変化などを捉えたときに、いかに顧客との関係値を高めるファン化を図るか、また新たな顧客の創造を行うかが必要不可欠です。ファン化においては、モールを継続的に利用いただき、愛着を持っていただいている理由をきっちりと捉え、そこを満たし、最適なコミュニケーションを行い続けることに努めること。新たな顧客の創造においては、新たな来店動機、タッチポイントをいかに持つことができるかが重要であると考えています。
また、期待感としては、デジタルの取り組みを通して、まだまだやれることがたくさんあるということです。「リアル×デジタル・データ」の取り組みによって、お客さまへの価値提供は、無限に広がります。常に顧客中心に物事を考え、事象を捉え、デジタルやデータという武器を的確に分析し、使用することで、新たなリアルモールの価値創造につながると考えています。
(6)(5)の内容を踏まえてご自身が現在取り組んでいること、または今後目指したい・挑戦したいことについて教えてください。
「客数・売上」がBeforeコロナとは「同じ形」にはならないことを前提に、Afterコロナでは形を変えながら、元の大きさ以上の「客数・売上」を作っていくことが必要だと感じます。
そこには、従来行っていたことで変えてはいけないSCが持つべき「不変的価値」と、世の中の動きに合わせて変化させていくべき「変動的価値」を考え、何を変え、何を変えないべきかを常に意識したうえでアクションを起こすことを心がけています。
また、新たな顧客をどう創造するかについて、まずは非来店客の属性・行動・心理の可視化を行ったうえで、どういったところにチャンスがあるのかを探索しに行くことに取り組んでいます。それらを考えるにあたり、データから導かれるロジカルな内容と、積み重ねてきた経験値やディベロッパーとしてのアイディアを掛け合わせた内容の両方に着目することを意識しています。
そして、より多くのお客さまに来店いただき、最良な顧客体験を体感いただくことで、SCが笑顔で溢れ、大切な人たちと一緒に思い出を作るかけがえのない場所であり続けることができるように、これからもチャレンジしてまいります。
<プロフィール>
イオンモール(株)
デジタル推進統括部 デジタルマーケティング部 部長
佐久間 達也
2006年入社。京都・倉敷・秋田・沖縄と各地のモールで開店業務、増床リニューアル業務などを経験。2017年、日本ショッピングセンター協会に出向。イオンモール(株)に帰任後、営業本部、マーケティング部を経て、2023年4月より現職。SC経営士(第24期)、SC経営士会 研鑽研究グループ所属。
※本内容は掲載時点のものです
インタビュー
SCプロフェッショナル ミライへの挑戦
JR西日本大阪開発(株) 今治 加奈子 さん
(1)現在の業務内容について教えてください。
建設中の「イノゲート大阪」、『バルチカ03』が入る
現在の主業務は、2024年夏開業の新駅ビル「イノゲート大阪」(オフィス・商業複合の駅ビル)2階~5階に飲食商業施設の開発を行っています。これまでの商業施設のメインターゲットである女性をあえて外し、梅田で働く男性(大阪では親しみを込めて“おっさん”と呼びます)をターゲットに、大阪の老舗や路地裏の名店を誘致しました。施設名は『バルチカ03』(通称「バルチカおっさん」)とし、“おっさん”を対象としたWEBアンケートから行動パターンを分析し、コンセプトを作成するなどのマーケティング調査、テナントリーシング、運営ルール策定などを推進しています。また店舗による自由な営業時間の設定、週1回の店休日設定を可能にするなど、従来の統一的なSC運営とは、一線を画す運営スタイルにも挑戦します。
また同時並行で、2025年春開業の「うめきたエリア公園内のJR大阪駅の新駅舎」など新たなSCの開発も担当しています。
大阪の街は「2025大阪・関西万博」の開催に関連して大きく変化します。この大きな開発の一部に携われ、大阪の街の活性化に少しでも寄与できることに面白さを感じる日々です。
(2)SC業界との関わり・つながりについて教えてください。
学生時代は、画家になるため藝大を目指していました。しかし大学には受からず、20代は家業を手伝いながら“旅人”として過ごしていました。27歳の時、バックパッカーとして世界一周の帰国後、貯金がなくなり、そこで初めて自立して働かなくてはと感じました。そのなかで偶然見つけた採用募集が「ギャレ大阪の閉館業務」でした。
面接で「買い物は好きですか?」の質問に熱く回答した記憶がありますが、自称・旅人の学歴も職歴もない未経験採用。OJTもできない環境で、日本ショッピングセンター協会(以下、SC協会)の教育プログラム(セミナー)をフル活用し、SC業務の基礎を学んだことを昨日のことのように思い出します。また実務についても、セミナー講師やセミナーで出会った他社のSC業界の先輩たちに助言を求めました。
その後、SC協会のSC経営士取得やSCアカデミー受講のおかげで日本全国にネットワークができ、今でも困った時には“SCプロフェッショナル”の先輩たちに助けていただいています。
(3)仕事において印象に残ったエピソードや苦労したことを教えてください。
「アルビ大阪」閉館時
現在推進している新規開発は、JR大阪駅改良工事により2020年に閉館した「アルビ大阪」の出店テナントの協力のうえの事業です。閉館することをテナントに告知したのは、コロナ禍前で売上げも好調な時期でした。閉館協議が難航することを予測していましたが、閉館すると聞いたテナント担当者の開口一番は自店のことではなく、「今治さんは、仕事を失うのか?」という私の心配でした。開業から日々積み上げてきたテナントとの信頼関係に救われた瞬間でした。結局、一切のトラブルもなく全テナントが閉館に同意し協力してくれたことは、私にとって忘れられない仕事です。
閉館業務の過程には人間関係の難しさが鮮明に表れますが、SCの仕事は一人の力ではなく、お客様・テナント・関係会社・同僚・SC業界の仲間など、多くの人に支えられていることを強く感じました。
現在の新規開発でも、協力してくれた人たちのことを思いながら取り組んでいます。多くの人に支えられているからこそ、「さらに良い施設を作ろう」というモチベーションにつながっています。
(4)仕事において常に意識していること、大切にしていることを教えてください。
同部署のメンバーと(左が今治さん)
今の私が大切にしていることは、「他人のために、私はどれだけのことができるか」。30歳手前でSC業界に入り何も持たないところからスタートした私は、成果を上げるため、目的達成のためには手段は問わない精神で仕事をしてきました。“自分自身が納得できる仕事”が目標であり、私の仕事はすべて“自分のため”でした。しかし約15年という時間のなかで、少しずつ変化してきた自分がいます。
アルビ大阪の開業から閉館までの間、私は実に多くの人に支えられてきました。私個人の力には限界がありましたが、お客様から支持され多くのファンがいたのはアルビ大阪に関わる全員の協力という大きな力の結果です。
SCの仕事の本質は、自分が満足するだけではなく、SCに関わる多くの方々を満足させることであり喜びを提供することです。他人のための行動は、自分の可能性の領域を広げます。自分の努力だけでは限界がありますが、他人との信頼関係により、可能性がさらに広がると信じています。
(5)SC業界を取り巻く環境が日々変化するなか、SC業界またはご自身の仕事において“危機感・課題感”または“期待感”を持っていることについて教えてください。
先般、SC協会が寄付講座をおこなった流通科学大学(※2023年度前期実施)で、400名近い大学生を相手に講義させていただきました。その際生徒に対し、赤裸々に“SC利用の有無”に関するアンケートを取りました。EC台頭からも「SCには行かない」という声が多くあがると想定しましたが、非常に少なかったのが印象的でした。
自分の生活を思い返してみても、甥っ子を子守で預かった際には公園ではなく「SCに行きたい」と言います。フードコートで食事をし、子供専用の室内遊び場で遊び、おもちゃ売り場で好きなものを買っています。今の若い世代にとってSCは特別なものではなく、生まれたときから身近にある存在なので、親しみのあるものとして支持されています。今後さらに地域社会に溶け込み、街の機能の1つとして発展していくような期待感をSCに持っています。
しかし人口減少により、JR大阪駅のような都心の大型SCでも、市街住宅地にあるSCにおいても、売上減少は避けて通れないと思っています。今後は、運命共同体である地域とどう関与していくのか。自SCだけではなくエリア全体のことも考えることが重要になると思います。「エリアマネジメント」であり「地域連携」です。近い将来、都心の大型SCであっても単独の力では限界が来るはずです。これまでのSCは、お客様の利便性という理由から、消費行動をはじめとする街の機能の多くをSCに集約してきました。地域住民やお客様のためと謳いながら、内実はSCの独り占め、SCの独り勝ちであり、結果的に地域の疲弊を招いてきた一面があります。これからは、エリア(地域)全体を考え、街の一機能としてそのエリアに不足している役割を補えないかという視点も必要です。
「他人のために、私はどれだけのことができるか」という今の私の信条は、企業にまで及ぶと思っています。SCはエリア(地域)とともに発展することが何よりも大事です。SCとエリア(地域)の関わり方や工夫が、今後のSC業界へ活路を見出すと思っています。
(6)(5)の内容を踏まえてご自身が現在取り組んでいること、または今後目指したい・挑戦したいことについて教えてください。
SCアカデミーを受講した際に、「100年SC」という卒業論文を書きました。面接で「何よりも買い物が好きです」と答えてSC業界とつながった時から、私はトレンドではなく長く続く商環境を作りたいという想いで働いています。すべての人がファンになるようなSCを開発し、長く愛される施設になるように尽力したいです。これからも多くの人の力を借りながら、私ができることを愚直に考え、多くの人たちのために積み上げ成長していきたいと思います。
SC協会創立50周年、あと50年経てば100年です。SC協会創立100周年においても、愛される100年SCとともに、私は93歳の現役プレイヤーで「SCプロフェッショナル」として紹介されることを目指したいと思います。
<プロフィール>
JR西日本大阪開発(株)
企画室リーダー
今治 加奈子
2008年入社。「ギャレ大阪」のリーシング・閉館販促業務を担当後、「アルビ大阪」「アルビ住道」の開業にあたり企画運営に携わる。現職にて新規開発の企画を担当。SC経営士、第8期SCアカデミー修了。
※本内容は掲載時点のものです
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SCプロフェッショナル ミライへの挑戦
(株)成城石井 吉田 広美 さん
(1)現在の業務内容について教えてください。
スーパーマーケットの店舗開発に携わっております。2023年春に新設された事業開発課にて、新たな出店スキームの構築や既存エリア外への進出、得意とする駅ビル・商業施設以外への出店など、これまでにない生活者とのタッチポイントの創出を模索しています。
また、新規出店や200を超える既存店の改装計画、再契約協議、修繕対応も守備範囲となっております。自身の専門外の知識が必要となることが大半ですので、部のメンバーと相談しながら他部署やディベロッパーの協力を得て、間接的にではありますが、顧客の食卓へ無事に商品が届くように日々試行錯誤を重ねています。繁忙期や棚卸しの際にはエプロンを着用して店舗応援にも駆け付けています。
店舗の施工現場確認
新店の開業準備
(2)SC業界との関わり・つながりについて教えてください。
店舗在籍時
常に商業が身近にありましたので、気づいたら…というのが正直なところです。地元の商店街あり、巨大ターミナルありといった場所で生まれ育ちました。中学からは電車通学でしたので、定期券の範囲内で繁華街をうろついていました。大学で商業を学んだ後は、食べることが好きでスーパーマーケットに入社、開業2年目の「ラクーア」内の店舗に配属されて、その後も川越や北千住の「ルミネ」、恵比寿の「アトレ」など、ショッピングセンター(以下、SC)業界の皆さまとは、実はテナントの立場で常に関わって参りました。
ただ、ビジネスとしてSCを意識したのはコンサルティング業への従事が転機となっております。
再入社後も、立場は変われどもディベロッパー各社様との縁は切っても切れない毎日です。
(3)仕事において印象に残ったエピソードや苦労したことを教えてください。
前職でのビジネススクール講義時
転職を経て、テナント企業としてまたサポート企業として、ディベロッパー各社とともにSCを作り上げる貴重な経験を、現在進行形で体験できていることでしょうか。
扱う金額、面積、時間の単位が立場によって異なるなかで1つのものを作り上げるために、どのようにコンセンサスをとっていくか。データで明らかになった事実が結論ではなく、それをふまえてどう動くのか。多くのステークホルダーを抱えるSCだからこそ、意志と情熱無くしてプロジェクトの成功はあり得ないと信じています。
お客様からお手紙を頂いたこと、異動先の店舗まで会いに来てくれたこと、携わった施設が開業したこと、自身が手掛けた店舗がオープンしたこと、かつてプロジェクトを共にした皆さまとまた業務で出合えたこと、ささやかなことではありますがどれも印象深い出来事です。
(4)仕事において常に意識していること、大切にしていることを教えてください。
「点で考えないこと、自分の常識は常識ではないこと、言語化すること、見て見ぬふりはしないこと」
人には得意不得意があって、自身がやるべきことはこれだろうなと不惑を経てやっと自覚できた次第です。SCは人が集まる場所だからこそ、みんなで考えて作り上げるものだと信じています。変化の早い昨今ですので、次の瞬間に正解は正解ではなくなっていることを忘れずに、得意分野を最大限に生かし、さらには街や生活者も交えてトライ&エラーを繰り返しながら育っていける、強いSC・強い店舗であり続けたいと考えています。とはいえビジネスですので、難しい面も多いとは思いますが…。
(5)SC業界を取り巻く環境が日々変化するなか、SC業界またはご自身の仕事において“危機感・課題感”または“期待感”を持っていることについて教えてください。
期待感はあります。デザインやデータ分析など、個々に特化したスキルを扱える人材が増えていますので、ネットワークを生かしてプロジェクトごとにパッチワーク的なチームを形成することが実現可能ではないでしょうか。セキュリティ面など、課題を挙げればキリがありませんが、人材不足解消の目途が立たない以上は働き方を変化させなければなりません。ツールは十分にそろっていると思います。
一方で、プロジェクトをつかさどるコンダクター的な存在が重要となってきます。SCの新規立ち上げからリニューアル、コロナ禍も経験しているベテラン勢の存在は、これからますます重要になるのではないでしょうか。
スキルはあるけど課題がみつからない、課題は山積ながら人材不足、ここが協業できるか否かが今後の業界成長のカギになると考えます。ディベロッパーには、ぜひそのプラットフォームとしての機能を期待したいです。まずは部分的にでもSCに携わる経験が、業界の人材不足解消の第一歩になることを信じています。
(6)(5)の内容を踏まえてご自身が現在取り組んでいること、または今後目指したい・挑戦したいことについて教えてください。
様々な立場でSCを見る・感じることをさぼらないようにしたいです。
自身の視点はもちろんのこと、利用する人・働く人・管理する人、さらには各個人のライフステージも掛け合わせて、より良い環境を提供するために何ができるのか。現業にダイレクトに関係しなくても、何パターンもの仮説がぱっと出てくるように日頃からトレーニングは欠かさないようにしたいです。特別なことではないですが、話を聞く、現地へ行く、お金を使って体験・体感した経験を、様々な立場の方々と意見を交わしながら少し先の未来をイメージするようにしています。
生活者は本当にこだわりが強く、社会生活ではある程度律されてるのに、いざプライベートでの消費となると多情多感で自由奔放です。数ある業界のなかでも商業は、特に計画通りに事が運ぶ方が少ないのではないでしょうか。それでも、その不確実性こそが、SCに携わる魅力であり醍醐味だと信じてやみません。
<プロフィール>
(株)成城石井
店舗開発部 事業開発課 課長
吉田 広美
2004年入社。約8年間の店舗運営業務を経て店舗開発部に配属。2014年退職、同年入社したデータコンサルティング会社にて全国の商業施設・リテール各社の新規開発業務やリニューアル計画をサポート。2021年に再入社、現職。SC経営士(第25期)、SC経営士会 関東甲信越支部ブロック運営委員。
※本内容は掲載時点のものです
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SCプロフェッショナル ミライへの挑戦
(株)グルメ杵屋 石出 弥絵 さん
(1)現在の業務内容について教えてください。
店舗開発部として主に東日本エリアを担当しており、新規出店に向けての情報収集や調査、既存店の契約手続きなど、ショッピングセンター(以下、SC)の方々とさまざまな相談・協議をさせていただいています。
特に新型コロナウイルス感染症の拡大後は、人々の日々の生活習慣や休日の過ごし方が大きく変わり、それまでの常識は通用しなくなりました。現在のレストラン業界は長い我慢の期間を経てようやく回復しつつあり、少しずつ新規出店に向けて動き出しました。
当社は色々な業態を運営していますので、どんな業態がどんな場所でどんな方々に望まれているのか、SCの方々からいただく貴重な情報や現場でのリサーチなどから分析し、慎重に考察を重ね、SCと最適なマッチングができ、より多くのお客様に喜んでいただけるよう取り組んでいます。
(2)SC業界との関わり・つながりについて教えてください。
SC業界との関わりの始まりは、テナント出店していた店舗の店長としてです。当時はまだ若く知識も不足していましたので、接客の研修を開催していただいたり、売上アップの相談にのっていただいたり、大変お世話になりました。
その後、数店舗を統括する地区長として、時にお叱りを受けたりお褒めの言葉をいただいたりと、日々の営業を共に支えていただきました。
現在は店舗開発としてビジネスライクな話をすることが多いですが、現場での日々を思い出しながらより具体的な内容を用いて、お互いにWin₋Winの関係でいられるよう交渉に当たっています。
また、日本ショッピングセンター協会(以下、SC協会)の「SCアカデミー」ではたくさんのSC業界の方と知り合うことができました。受講生はディベロッパー企業の方が多く、私はある意味異業種からの参加となりましたが、共に多くのことを学び、情報を共有し合う良い仲間を得ることができました。
(3)仕事において印象に残ったエピソードや苦労したことを教えてください。
現在の店舗開発の部署に着任したのは2020年10月のコロナ感染拡大の真っ只中であり、まずは既存の店舗が営業を継続していくためのお願いをするのが主な業務でした。明日がどうなるか分からない状況のなかで、私達テナントもディベロッパーも共に不安ななか、直接現場に足を向けることも人と会うことも制限され、初対面の方との面談もマスク越しのオンラインであったのは、とても違和感がありました。
そのようななかで回復の波に乗り遅れないよう、可能な限り人と会うことを大切にしてきました。特にSC協会主催の「SCビジネスフェア」は絶好のチャンスであり、2022年にリアル開催が復活した際は、さまざまなことに配慮しながらも3日間多くの方とご挨拶をさせていただきました。店舗開発としての経験が浅く、人脈作りに苦労していた私にとって大変貴重な財産となりました。
(4)仕事において常に意識していること、大切にしていることを教えてください。
私がこの業界に入ったのは、学生時代のアルバイト経験などからお客様と直接接して「ありがとう」をもらえる職場にやりがいを感じていたからでした。そのため現場で勤務していた頃から本部側の業務を担当している現在まで、何よりも大切にしているのは店舗に来てくださるお客様です。どのような場合も、迷ったり判断が必要な時は、その先にいるお客様に喜んでいただき再度来店いただくには何がベストか?で選んでいます。
店舗開発という部署においては、データ収集と現場調査を行い自社の店舗が成功するであろう物件を見つけ、適正な条件での出店にこぎつけることが最も大事な業務ですが、出店後には必ず現地に足を運び、お客様目線で観察をして、店舗がその場所で最大限に力を発揮する助けになるよう行動しています。
(5)SC業界を取り巻く環境が日々変化するなか、SC業界またはご自身の仕事において“危機感・課題感”または“期待感”を持っていることについて教えてください。
レストラン業界は「マスクをとって飲食をする」という特性上、コロナ禍において最後まで政府の規制の中にありました。ただ外食は人にとって絶対に失いたくない楽しみの1つであると確信していましたので、その時がきたら必ずお客様をお迎えし喜んでいただきたい、その熱意を持って1店舗でも多く守れるように力を尽くしてきました。
ここに来てやっとその苦労が報われようとしているのですが、やはり元通りにはならないという現状に直面しています。そのなかでも最大の課題といっていいのは人手不足であり、その対策としてやや遅ればせながらではありますが、タブレットオーダーや配膳ロボットのテスト導入を行っています。これらの導入にあまり積極的でなかった理由の1つとしては、やはり人を介しての接客や商品の提供には機械にはできない気付きや気配りがあり、それがいかに大切かを知っているからです。
しかしながらその大切な人材が不足している今、さまざまな新しいシステムを利用することで乗り越えていかなければならないのも事実です。この問題はおそらくSCに出店しているあらゆる業種の方々にとっても同じように大きな課題であるかと思います。コンビニエンスストアやスーパーで買い物をすると、今やレジの半分はセルフレジで、さまざまな理由でそちらを好んで利用する方も多く見受けられます。今後は私達も先入観や思い込みを捨て、より大きな視点で思い切って新しいことを取り入れていく必要があると強く感じます。
当社のレストランは、お客様にセルフサービスをお願いする業態から、しっかりとフルサービスをさせていただく業態までさまざまなお店があり、1つの正解を求めるのではなくその業態に応じたやり方を模索していくことができます。幸いSC業界にはたくさんのお手本がありますので、少し先の未来、またその先の未来にSCと共に存続していけるよう、日々新しい情報を収集し学習していきたいと思います。
(6)(5)の内容を踏まえてご自身が現在取り組んでいること、または今後目指したい・挑戦したいことについて教えてください。
私は2022年度のSCアカデミーに参加させていただき、1年間SC業界についてさまざまなことを学びました。
知らないことが圧倒的に多く、自分の知識があまりにも表面的であったことを実感し、グループワークではSCの皆さんの洞察力や発想力に圧倒されました。SC業界の役割自体が地域活性化や街づくりを意識した方向に変わっている今、テナント1つひとつも自分たちが売りたいものを売るだけではなく何か共にできることがあるのではないか、という思いを強く持ちました。
微力ではありますが、その何かを見つけることができるようSC業界の皆様としっかりコミュニケーションをとって、私達にできることを探して挑戦していきたいと思います。
<プロフィール>
(株)グルメ杵屋
店舗開発部 課長
石出 弥絵
1996年入社。店舗に配属後、店長・トレーナー・地区長と現場に係る業務、本社で商品開発を担当。2020年10月より現職。SCアカデミー卒(16期)。
※本内容は掲載時点のものです
インタビュー
SCプロフェッショナル ミライへの挑戦
(株)トリニティーズ 中山 亮 さん
(1)現在の業務内容について教えてください。
日本でも珍しいショッピングセンター(以下、SC)専門の総合コンサル企業を率いて、SCの開発・再生~運営サポート・リーシング・プロモーション・調査/分析など多くのSC関連業務を担当しています。アドバイスだけのコンサルではなく、実務を伴う形で実際にリモートPM(プロパティマネジメント)の物件もあります。川上から川下まで全てをワンストップで対応する会社が非常に珍しいようで、担当施設数が年々増加しています。
具体案件では、2024年の春からJR四国・高松駅の『TAKAMATSU ORNE(タカマツオルネ)』、鳥取・米子での新規開業案件、神戸・三宮の『さんちか』リニューアルなど開業ラッシュが続きます。多くの皆さんと時間をかけて取り組んできた施設がお客様の目に触れる瞬間で、今から緊張しています。
近年SCは売買も盛んで、デューデリジェンスや買収後の再生方針企画、商圏調査も増え、毎週日本中どこかのエリアを分析している感じです。SC運営企業様からの研修講師の依頼も多く、日本ショッピングセンター協会(以下、SC協会)のセミナーと合わせると、研修・プレゼンで年間30~50日程度は登壇しています。元々大学でアナウンス部だったこともあり人前で話すのは得意なので、講師は天職だと思っています(笑)
(2)SC業界との関わり・つながりについて教えてください。
2004年に東急グループへ入社したところからSCのキャリアは始まっています。その前はディズニーランドのキャスト・ホテル本部での買収企画部署・飲食テナントの責任者でしたので“人が集まる箱”が好きですね。
東急では多くの学びと人脈形成があり、最初に配属された『青葉台東急スクエア』(横浜市)では、今はご勇退された元電車の運転士の上司が豪放磊落な方で、地域コネクションの作り方から酒席まで全てを習いました。その後東急電鉄(株)で『たまプラーザ テラス』新規開発を担当し、SCが街を変え、人々の生活が変わるのを目の当たりにして感動。この仕事で一生生きていこうと決めました。たまプラーザ時代はメンバーもグループから選抜された優秀な方々で、今も各所で活躍されています。この出会いは、私の仕事観を変えてくれて今の原点になっていると思います。その後、グループの旗艦である『SHIBUYA109』で都心型SCを学び、再び青葉台を経て、2016年に独立起業しました。109も刺激的で楽しかったですね!
会社員時代の頃から、他社ディベロッパーの方々との交流が盛んで「仕事を手伝ってほしい」という依頼もいただいていました。新規大量生産されたSCを再生・リモデルする時代がやってくると予見し、45歳になるまでに事業体を完成させることを逆算して38歳で独立。最初は苦労の連続でした。
(3)仕事において印象に残ったエピソードや苦労したことを教えてください。
たくさんありますが、“瞬間の喜び”は忘れがたいです。
『たまプラーザ テラス』開業と駅の新天井をお披露目した日は、心から感動しました。お客様が泣いていましたからね。先輩たちが紡いだ20年近い開発の結実の瞬間でした。SCの仕事は大変ですが多くの方を喜ばせる最高の仕事だと、決意を新たにしたのを昨日のように覚えています。起業してからも『ジョイナステラス二俣川』『ブランチ横浜南部市場』など多くの開業に携わっていますが、朝から並んだお客様が嬉々とした顔で入館する姿は最高の喜びです。
独立後、資料作成やプレゼンをこなしながら、会社を立ち上げたので経理・人事も自分。起業前に書籍などで勉強していたつもりでしたが、ほぼ全く役に立たず「標準報酬月額ってなんだ!?」と給与明細を初めて作り徹夜。会社員から経営者の感性になるのも、数年かかりました。港区・東麻布の1ルームマンションの1室で産声を上げ、今では新宿区に会議室2つのオフィスを構えています。SCオーナーからテナントさんまで毎日様々な方がお越しになり、ディベロッパー企業の社長経験者(SC協会理事経験者、前・住商アーバン開発(株)社長の高野氏)が当社取締役へ就任。SC総合コンサル企業として成長を目指している姿は道半ばですが印象深いです。1つの企業をゼロから創ってきたこの道程そのものが、誰にも負けないエピソードですね!
苦労は売るほどしていますが、SCが心から大好きなので、「大変だ」「やめたいな」と思ったことは1日もありません。
(4)仕事において常に意識していること、大切にしていることを教えてください。
志高頭低「志は高く、頭は低く」。実るほど、首を垂れる稲穂かな。
とにかく、“人との縁・運・出会いと感謝”がモットーで、当社に関わった方にはハッピーになってもらいたいと願っています。独立起業後は会社の金看板もなく、共同起業した(株)ミライズ福田社長や同社のメンバー、今も共に歩んでいる当社の鈴木役員ほかスタッフの皆さんには苦労をかけました。感謝してもしきれません。ミライズは共に成長し、2021年にグループからそれぞれ独立しましたが、今この瞬間会社があるのは間違いなく彼らと歩を進めた結果です。馬鹿にされて悔しかった日も、今では信じられませんが名刺を受け取ってもらえなかった日もありました。そんな時代を肩を組んで走り抜けたのは、メンバー全員でのスクラムだったと思っています。
いつも支えてくれる仲間や家族、変わらずにお付き合いしてくれるSC業界の仲間たちへの感謝も忘れることはありません。私に続くように、若手で独立起業する方も少しずつ増えています。応援してくれる多くの方々や、後に続く後輩たちに背中を見せていく。セミナーなどで登壇し、露出を高めるようにしているのも頑張れば道は開くと伝えていきたいから。
感謝をするからこそ、丁寧に、でもできないことはハッキリと言う。これも大切にしています。大学時代に習った冒頭訓示の通り、燃える闘志を内に秘めて態度は常に人を敬うのが信条です。尊敬する経営者である孫正義さんのような、親しみと情熱が同居する人間性を大事にしたいですね。
(5)SC業界を取り巻く環境が日々変化するなか、SC業界またはご自身の仕事において“危機感・課題感”または“期待感”を持っていることについて教えてください。
やはり「人の問題」です。全ての根幹はここに課題も期待もあると思います。
私の後に続く後輩たちは出てきているものの、やはりこの業界は圧倒的に独立・起業する若手が少ないです。業界全体が男性社会で平均年齢も高め。SC協会も含め、世代交代と若手・女性の積極活用は意識的に取り組んでいかないと進まないでしょう。SCは主要な顧客層が女性なので、女性の感性を施設運営や経営に取りいれ、利用者目線での細かい改善・差別化の積み重ねがオリジナルに繋がると考えます。その意味で、中核PM会社2社の社長を女性にし、私の同期・同年代の方々が施設のトップを務めている東急グループはダイバーシティの先端で見本と言えます。私の在籍時代から既にその風土があり意識的な人材登用が垣間見えました。他にも、不動産や鉄道系のPM企業で女性取締役・館長が増えているのは良い傾向です。
我々が今、業界の中心世代に交代しつつあると同時に、若い世代が就職する際にSCの保有・運営企業や周辺産業に就職したい!と思わせる工夫はもっと必要です。「1Day Challenge」としてインターンシップを“カッコイイもの”で参加したい!と思わせる工夫を施すルミネの取組など、業界には見習うべき事例がたくさんあります。
SCは50年にわたって成長してきましたが、2018年がピークで施設総数は減少フェーズに入りました。ECの台頭がSCを食ったとも言われますが、ECの成長もあと数年がピークで2025年以降は急速に鈍化すると考えます。日本の小売市場は1990年から年間150兆円でほぼ横ばいです。百貨店・コンビニ・ドラッグストア・スーパー・SCなどリアルとECがパイを競っている中で30年伸びなかった全体市場は、インバウンドのプラス恩恵を受けつつも少子高齢化と戦わなくてはいけません。
当然、どこもかしこも同じ顔触れの金太郎飴SCでは全体の縮小傾向の波にのまれるだけです。当社で現在取り組んでいる福島県の『いわき・ら・ら・ミュウ』では、リブランディングを行い“いわきをぎゅ~っと。”の新コンセプトの元、思い切っていわき市と周辺事業者のみにテナントを絞りました。SCとしては冒険的ですが、いわきのものは全てここにあり!というニッチでどこも真似できない施策が見事にハマり、3年程かかりましたが過去最高レベルの稼働と売上に近づいています。
こうした思い切った施策や、圧倒的な差別化施設がより増えてオリジナリティを競う時代になることに大きなチャンスを見出し期待していますね。
GX(グリーントランスフォーメーション)の時代に入り、環境負荷対応もマストになります。業界全体の大きな課題です。
(6)(5)の内容を踏まえてご自身が現在取り組んでいること、または今後目指したい・挑戦したいことについて教えてください。
「単館SC」支援は会社の創業時からのミッションです。日本には約1,000SC以上の単館があると言われますが、当社でもまだ数十社の関係構築に留まっています。今後単館SCの共通システムを構築する等、組織や顧客対応の共通フォームが必要だと思っています。
同時に、空床対策です。SC数と小売面積増・ECの伸長の結果、当然ですが「床余り時代」に突入しました。SCとテナントの関係値が逆転し、大型複合ビルや路面店も競合しテナント側からの買い手市場になっています。空床対策の強化とリーシングのデジタルな仕組化を模索中です。SC業界に役立つ商品として世に出したいと考えています。
長い目では、次代を担う人材育成をSC協会と共に実行し、当社メンバーの成長とともにオリジナリティのあるおもしろいSCをたくさん世に出し、この業界の発展に生涯を捧げたいです。一生のうちに全国の3,100SCを全制覇するのも夢です。(現在1,850SC訪問済)
SC経営士同期の今治さん(SCプロフェッショナル・第3回参照)とSC協会創立100周年で95歳の「SCプロフェッショナル」として紹介される日を楽しみにしています。
<プロフィール>
(株)トリニティーズ
代表取締役社長
中山 亮
早稲田大学卒業、2004年入社の東急グループを経て2016年(株)トリニティーズを創業。
同社代表取締役・グループ企業の(株)開発の窓口執行役員
復興庁ハンズオン支援認定専門家、賃貸不動産経営管理士、SC経営士(22期)
※本内容は掲載時点のものです
スペシャル座談会
スペシャル座談会 SC開発ストーリー
“SCの成功が街の成功”へ
計画から開業に携わった関係者に聞く
「テラスモール湘南」の成功要因と成長要因
日本に本格的な郊外型ショッピングセンター(以下、SC)が誕生して50数年が経過した。中心市街地や郊外、交通拠点など、多様な立地に広がり発展してきた歴史のなかで、SCはまちづくりや地域の発展にも貢献してきた。2011年11月に開業した「テラスモール湘南」(以下、テラスモール)は、その開業にともなって直結するJR辻堂駅の乗降客数が増加したことや、周辺地域に住宅や病院などさまざまな施設が開発され、街の成熟度・価値向上に大きく貢献してきた。
10年後、20年後の未来を見据えてSCは地域にどのように貢献していくべきか。そのヒントを探るべく、テラスモールの計画から開業に携わった関係者にテラスモールの成功要因および成長要因について話を聞いた。
- 住友商事(株)
商業施設事業部 事業推進第2チームリーダー
古川 睦 - 住商アーバン開発(株)
代表取締役社長
羽鳥 貴弘 - 住商アーバン開発(株)
常務取締役 企画開発本部長 兼 PM事業第二本部長
伊井 雅彦
(進行役)
- (株)ビーエーシー・アーバンプロジェクト
代表取締役
矢木 達也
地域に根ざしたオーダーメイド型SC開発
矢木 テラスモールは、辻堂駅周辺地域都市再生事業「湘南C-X(シークロス)」の中核施設として2011年に開業し、またたく間に時代のベンチマーク的なSCになりました。いわゆるチェーンオペレーションではなく、湘南というエリア特性を研究し尽くして開発したという経緯もあるかと思います。本日は、テラスモールの開発計画「湘南辻堂プロジェクト」に携わった関係者にお集まりいただき、その成功要因や成長要因、さらに今後のビジョンについても伺っていきます。まずは、当時のプロジェクトにどのように関わっていらしたか、それぞれお聞かせください。
羽鳥 住友商事(株)(以下、住友商事)の湘南辻堂チームサブリーダーとして2011年春からプロジェクトに携わり、運営フェーズの準備から、2018年のリニューアルまで関わりました。開業から売上げは少しずつ増えていき、リニューアル後の2018年度には年間売上高のピークを迎え、その後にコロナ禍に見舞われました。それでも2022年度には、ピーク時の92%の500億円強まで戻ってきています。テラスモールの強みは、来館者の年齢層が重層的であること、そして休日だけでなく平日の来館者もしっかりと確保できていることだと考えています。
古川 2006年から住友商事湘南辻堂チームリーダーとして、構想の段階から開発に携わり、施設が開業するまでの6年間担当しました。住友商事では、量産型ではなくその土地に応じたオーダーメイドで商業施設を開発してきました。こうした考え方がベースにあり、テラスモールも「湘南だったらどのような施設にすべきか」というアプローチで開発してきました。私自身は運営の現場に長くいたこともあり、商業施設は「できあがってからが勝負」と考えていました。開発時に建築デザインを優先してカッコよく建てたとしても、運営面を考慮していないと開業後のオペレーションはうまくいきません。計画の段階から運営までを見据えて開発することで、はじめてよいSCができる。その議論を徹底的にしました。
伊井 住商アーバン開発(株)企画開発課長として2005年からプロジェクトに携わりました。その時点で敷地分割など再開発事業の大枠はすでに決定していた状況で、住友商事として商業施設をどのように構築していくかというテーマが与えられていました。当初は、ネイバーフッドSC(以下、NSC)を基軸にオール段丘状の施設形状で、各階の丘を車が走り駐車できるというダイナミックな案を推していたのですが、茅ヶ崎在住の上司に提案したところ「ちゃんと湘南のことを考えなさい」と一喝されました。そこから「湘南」というエリアを理解するために徹底的に研究して、行き着いたコンセプトが「湘南の大きな家」というものでした。施設全体を大きな家と考え、施設の各エリアにどんな構成要素が必要かというアプローチで検討していきました。
矢木 湘南ならではの施設を、ということですね。
伊井 地元の商工会議所や商店会などとの調整も担当していました。計画当初は、まだ中身の見えない開発計画について不信感もあり、決してウェルカムな状況ではありませんでした。地元の商店会の方々にしてみれば、街や自らの商売への影響に対する危機感もあったと思います。開発計画を進めてきたなか、リーマン・ショックの影響で1年ほど開発がストップした期間がありました。その期間を利用して、とにかく商店会の方々のもとに説明に回って、SC開発に共感してもらえるように関わりを深めていきました。そんななか、地元のお祭りの手伝いをしていたときに、夕立があってずぶ濡れになりながら撤去作業をしていたところ、市議会議員の方が訪ねて来られて、見知らぬ私たちのことを「この人たちは誰か」と聞かれました。そのときに商店会の方が「ともだち」と言ってくれたのです。そのときは、涙が出るほど嬉しかったですね。その後も毎月、地元の7つの商店会の方々に集まっていただき、勉強会や見学会を実施してきました。結果的には開発がストップしたこの期間があったからこそ、テラスモールの下地となっている地元との関係を構築することができました。そして、この関係性を今日までつなぎ発展してこられた地域の方々や歴代の運営メンバーにたいへん感謝しています。
湘南C-X(シークロス)概要
JR辻堂駅北口で、関東特殊製鋼の本社工場跡地を中心に進められている大規模複合都市整備事業。20haを超える土地に商業・業務・住宅・医療などの機能を複合し、居住人口2,300人、就業人口1万人が計画されている。
湘南C-Xの名称は藤沢市の公募により、湘南の海(sea)に代表される自然、文化(cullture)、都市(city)が辻堂でクロス(cross)し発展するように、という意味を込めて名付けられた。
テラスモール湘南は、その中核となる施設として開業した。
【おもな計画施設】
- 複合都市機能ゾーン(Aゾーン)…商業施設
- 複合都市機能ゾーン(Bゾーン)…都市型住宅(マンション)
- 広域連携機能ゾーン…公共サービス、業務施設、公園 など
- 医療・健康増進機能ゾーン…高度医療施設(総合病院)、メディカルフィットネス
- 産業関連機能ゾーン…情報産業、研究施設
開発へのみちしるべ
矢木 地域の一員として認めてもらうという地道な活動がテラスモール成功の下地になったのですね。 それでは、次にGMSや百貨店など大型のキーテナントを誘致せずに、これだけの規模のリージョナルSC(以下、RSC)を開発された経緯をお聞かせください。
古川 当時、さまざまなRSCの事例を分析しながら、これまでのSCの進化の歴史を踏まえて次世代のSCがどうあるべきかという議論を進めていました。そこにはサイズ感やバラエティ感といった要素に加えて、ライフスタイルについての考察もありました。そのなかで、従来のような〝都心で暮らすか、郊外でゆっくり過ごすか〟という二者択一ではなく、どちらも使いこなす価値観というところに注目しました。今でこそコロナ禍を経て当たり前になりつつありますが、実は湘南エリアの住民はこのようなライフスタイルを先んじて楽しんでいたわけです。こうした点を考慮しつつ、湘南エリアにおけるSC開発はどうあるべきかを組み立てていきました。
矢木 当時のRSCは大型のキーテナントありきというケースが多かったように思います。
古川 「まちづくり型商業施設」を指向したので、従来のようにGMSや百貨店に頼るのではなく、専門店を中心にすべきという流れになりました。「選択肢の多いまちづくり」を重視した結果でもあります。
矢木 そうなると店舗数が多くなるのでリーシングも含めたマネジメントがたいへんになりますが、どのようにやりくりしたのでしょうか。外資系パートナーへの事業計画の説明も難しかったのでは。
古川 苦労したのはこの街にフィットする定性的な要素をいかに数字に落とし込むかという部分です。出資パートナーに納得してもらうためには当然数字は重要ですが、「地域に根ざした再開発」というアプローチとの間にはどうしてもギャップが生じます。私たちとしては「こうすればこれくらいの売上げになる」という数字を、アップサイド・ダウンサイドそれぞれの想定で示していくことが必要でした。また、階層構成とテナントとの調整も難しかったです。施設としてのコンセプトとテナントの意向をどう擦り合わせるか、さまざまなストーリーを考えながらコミュニケーションを図っていきました。
伊井 MD構成については、地域が欲していることをいかに反映できるかという点を重視して、地域住民にグループインタビューを実施するなど、意見を吸い上げながら進めていきました。施設の中核になりそうなテナント企業には予め出店の意向をヒアリングしたのですが、総じてマーケットに対する反応がよかったので「これならいける」と思えるようになりました。それで百貨店やGMSをキーテナントとしなくても、複数の専門大店による多核モールを形成することで「客単価2,000円×集客2,000万人=年間売上高400億円」という想定が実現できるという気持ちに変わっていきました。
矢木 お話を聞いていると、SCは単に画一的なビジネスモデルを持ち込むのではなく、そのマーケットでどのようなものが望まれているのか、どのようなテナントミックスにすれば地域の最大価値を引き出せるのか、時間とエネルギーを掛けて開発していくものだと再認識させられます。そして、その時間とエネルギーを掛けたことが開業後にしっかり跳ね返ってきたのが、今のテラスモールなのだと改めて痛感しました。ところで、ハード部分はどのように検討されたのでしょうか。サーキットモールで4層というのは当時あまりなかった設計ですし、段丘状の形状やアウトモールの「湘南ビレッジ」にしても、いわゆる定番じゃない発想で設計をされたように感じます。
古川 平日と休日の集客のギャップをいかに縮めるか、デッドスペースをつくらないためにはどうするかという2点が重点課題でした。平日と休日の差を埋めるには、日常生活のなかでテラスモールを利用してもらうことが必要で、食品売場を大型スーパーと専門店の組み合わせにしたのもそのためです。ハード面で苦労したのは、上層階がセットバックする段丘状の形状にサーキットモールを融合できるかという部分です。最終的には、そこをうまく生かす形でフードコートや休憩スペースを設置し、デッドスペースをなくしつつ地域のサードプレイス的な機能を付加することができました。そこはデザイナーや設計事務所、建設会社の方々のお力も大きかったと思います。
伊井 段丘状の外形ラインは、再開発計画の事業者選定コンペで提案済でしたので大きな変更はできません。そのなかで多核モールをどのようにゾーニングするかという設計上の難しさはありました。加えて、テナントの間口と奥行きをどうするか、そのときのトレンドだけでなく汎用性の高いテナント区画にしたほうがよいとか、将来的に分割して利用できるようにしたほうがよいなど、さまざまな議論がありました。
古川 MD構成についても、3~4階は一般的なRSCのような店舗構成、2階は都市型専門店の集積、1階はNSCの要素と駅前型食品売場とを組み合わせた構成といったように、回遊性を確保しつつ、さまざまなニーズを取り込めるように階層ごとにイメージをつくっていきました。結果として重層的な年齢層の集客につなげることができたと考えています。
湘南C-Xの事業者剪定コンペで提案した完成イメージ図。段丘状の形状やアウトモールが描かれている
開業後の手応えとリニューアル
矢木 実際に開業して、計画段階からのギャップはありましたか。
羽鳥 売上げは1年目で509億円に達したので、想定以上の数字でした。平日の来館がよかったことや、鉄道での来館需要が高かったことも大きな要因です。ただ、予想以上に車での来館者が多かったことで、周辺の渋滞が問題になって藤沢市から呼び出されることも多々ありました。現在は、信号機や横断歩道の増設など、藤沢市や藤沢警察署の力添えもあり解消しています。新参者という立場でもありましたし、周囲に迷惑を掛けないように神経を使いました。
伊井 客単価も想定より高かったですね。商圏的には小田原方面からの来館もありましたし、横浜や大船など東側からの来館者も多かったです。
羽鳥 東側については車での来館需要も高かったことや、海老名市や大和市など北側にも思いがけず大きな商圏があったことで想定以上に広がりました。
矢木 結果として街が発展して駅の乗降客数も増えた。その後、2018年に開業後はじめてのリニューアルを実施しましたが、その際、どのように改善ポイントを見つけフォーカスしていきましたか。
羽鳥 3年ほど前から改めて現状分析を徹底的に行いましたが、最終的には開発時のコンセプトを維持しながら、新しいことにチャレンジしていくことを心掛けました。基本商圏を深掘りして強化しつつ、面的にも商圏を広げるリニューアルということで、MD戦略に時間を割きました。こだわった点としては、都市型MDの強化と、施設規模からみると飲食店が少ないという課題から、フードコートの店舗区画の増設やカフェを誘致したほか、休憩場所をアップデートしました。リニューアルに先んじて2015年には、1階ゲートスクエアにイベント用のステージを常設化しました。それまではイベント開催時に期間限定で設置していましたが、さらなるにぎわいのある施設を目指すということで常設化しました。モニュメントとしての意味もありますし、地域の発信拠点という役割もあります。
開業時の外観
開業前から培ってきた思想や理念の伝承
矢木 現状で感じている課題などはありますか。
古川 コロナ禍も明けつつありますので、ステージイベントをもっとやっていく必要があると思っています。地域「発」と地域「初」を組み合わせながら工夫していくことが重要ですね。
羽鳥 物理的にいえば、駐車場の問題があります。駐車可能台数のデジタル表示や空いているスペースへの誘導サインを設置するなど、渋滞が発生しないように対策はしていますが、お客さまにより快適に過ごしていただくためにも来館時間の分散も考えていく必要があります。そのほか、テラスモールの根底に流れる思想を社内外に伝えていくことです。「テラスモール」を名乗るのに値する施設であり続けるためにどうすべきか、開業前からずっと開発チームと運営チームで当たり前のように議論しながらつくりあげてきたものですので。ビジュアルではなく思想を共通言語として残していくことがとても重要だと考えています。
伊井 SCは、エリア特性に合わせて開発していかなければならないので、効率の悪い事業ともいえます。だからこそ、理念が大事になるのです。
矢木 開業前から培ってきた思想や理念を大切にし、磨いていくことは地域に根づくポイントかもしれませんね。
伊井 テラスモール周辺に住む方々は意識が高く、自分の住む地域のSCが恥かしいものであっては困るという考えの方々が多くいらっしゃいます。以前、広報用の小冊子をつくることになった際にテラスモールファンとして手伝ってくれた方が、実は地域在住で大手女性向け情報誌の有名なエディターだったことを後で知ったということがありました。地域の方々がテラスモールに関わってくれていることを嬉しく思います。運営に携わるメンバーは、そんなフラッグシップに関わっていることをもっと社内外に発信していってもらいたいです。
テラスモールの成功を辻堂の成功に
矢木 最後に、テラスモールの未来像について、10年後、20年後にどうなっているか、あるいはどうあるべきか、お聞かせください。
古川 地域に住む子どもたちが成人すると、その街から出ていってしまうケースは多くありますが、そういう人たちにもいつか帰ってきてほしい。そのためには「その街に住み続けたい」と思ってもらうことが大事で、その役割を果たせる施設になってほしいです。
矢木 初めてのデートで訪れたSCに、今度は結婚して子どもを連れて遊びに来るという形で、思い出の積み重ねができてくる。辻堂でその空気感が出せるようになるとよいですね。
羽鳥 テラスモールのプロジェクトに携わったメンバーは、誰もが「私が創った」「ぼくのパパが創った」と触れ回るほど、本人だけでなくその家族にとっても自慢の施設だったのです。このような関係者の思いに支えられてテラスモールが誕生し、今でも成長できていると強く思います。そして、ここから先は私たちがというより、テラスモールの運営に携わるメンバーが自分たちの思いとともに考えていってほしいです。ここまで重層的な年齢層の顧客で成功していますが、これが普遍的な形になっていくことが理想です。顧客の年齢構成が変わらないことが、街がよくなっていくことと同義だと考えていますので、高齢化が進んでいく状況ではありますが、年齢構成を維持しつつもっと膨らませていってほしいと願っています。
伊井 SCの未来像について若手メンバーでよく話し合いますが、「エリアマネジメントに進化していくべき」という声は多いです。具体的には、館内でトライしたさまざまな取り組みを街に広げていくことです。たとえば、ポップアップを商店街で展開して、テラスモールから商店街へ送客することはできるでしょう。施設の売上げや費用対効果ばかりを見るのではなく、街のマネジメントをテラスモールが担うような形で、地域と深いつながりをつくることが重要であると考えています。
矢木 エリアマネジメントに範囲を広げて取り組むことで、当初コンセプトの「まちづくり型商業施設」に真の意味で近づきますね。“テラスモールの成功が辻堂の成功”という形が理想であり、辻堂であればそれができそうだと感じました。
――本日はありがとうございました。
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古川 睦
1992年住友商事(株)入社。1994年より商業施設を中心とした日本各地の都市開発・運営に従事。おもな開発・運営施設は、仙台セルバ、ユニバーサル・シティウォーク大阪、テラスモール湘南など。2012年より事業推進第2チームリーダーとして、日本各地の都市開発案件の提案・検討などを進めている。SC経営士。
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羽鳥 貴弘
1994年住友商事(株)入社。仙台セルバ、御影クラッセ、テラスモール湘南、グランエミオ所沢など、約25年間商業施設の開発と運営に携わる。2018年10月住商アーバン開発(株)代表取締役常務に就任。2020年1月より同社代表取締役社長に就任。(一社)日本ショッピングセンター協会理事。
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伊井 雅彦
1989年(株)ダブルスマーケティング入社。1996年(株)住商開発センター(現・住商アーバン開発(株))入社。デックス東京ビーチ、ミウィ橋本、テラスモール湘南などの開発・運営のほか、住友商事グループ以外の施設運営やリニューアル事業に携わる。2015年取締役に就任、企画開発本部長およびPM事業第二本部長を兼任。2023年6月常務取締役就任。
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矢木 達也
大手百貨店を経て、1987年(株)ビーエーシー・アーバンプロジェクト入社。1997年より取締役、2006年より代表取締役社長。SC経営士。国際ショッピングセンター協会認定CRRP(Certified Retail Estate Professional)/CSM(Certified Shopping Center Manager)。
文/第一企画(株) 遠藤 宏之
※2023年5月開催
スペシャル座談会 ミライのSC
若手・中堅ディベロッパー社員が描く「ミライのSC」
~20年後のSCの姿を想像~
1973年4月に日本ショッピングセンター協会(以下、SC協会)が誕生し、2023年に創立50周年を迎えた。その間、国内では多くのショッピングセンター(以下、SC)が誕生し、SCは消費者のライフスタイル、社会情勢、法制度など、その時代に合わせて進化を遂げてきた。そして、デジタルとリアルの融合などが進み、SCビジネスがより複雑化していくであろうこれからの時代、SCはどのような進化を遂げていくのだろうか。現場の第一線で活躍し、これからのSC業界を担う若手・中堅層のディベロッパー社員にお集まりいただき、「ミライのSC」について語っていただいた。
(左から)大西伊織さん、丹野亮吾さん、太田巳津彦さん、磯部亜矢さん、平川敬悟さん
- (株)新都市ライフホールディングス
経営企画部 企画管理課 副長
丹野 亮吾 - (株)丸井
店舗プロデュース部 渋谷開店準備室 課長
磯部 亜矢 - 三菱地所プロパティマネジメント(株)
商業営業一部 主査
平川 敬悟 - 東日本旅客鉄道(株)
マーケティング本部 まちづくり部門 品川ユニット(まちづくり計画)
大西 伊織
(進行役)
- (株)ワイ・キャップコンサルティング
代表取締役社長
太田 巳津彦
20年後の消費者の行動様式を予測
太田 SC協会主催のビジネススクール「SCアカデミー」の卒業生有志にお集まりいただきました。SCは環境適応業で、当然利用者がいてニーズがあってこそ成り立つものです。そこで、今から20年後の2040年ごろと想定し、まずは社会の状況や消費者の行動様式を含めたライフスタイル、買い物環境がどのようになっているのか、皆さんの予測を聞かせてください。
大西 コロナ禍で地方移住がみられたものの、最終的には都心回帰の兆しが表れています。この先を考えると、地方か都心かのどちらかに寄るのではなく、自律分散型のライフスタイルになっていくでしょう。消費においても、デジタル空間上での買い物とリアルのよさがうまく共存していくのではないかとポジティブに予想しています。
平川 一部の人にみられる傾向であるミニマリストのようなスタイルが定着して、バッグ1つでさまざまな場所で暮らす人が増えるかもしれないので、住宅のあり方は変わるでしょうね。デジタルとリアルの共存については、メタバースのようなデジタル空間を楽しむ人と、SNS疲れのような形でリアルに回帰する人もいるように感じていて、そのバランスがどうなるのかなと思います。
丹野 さまざまなものがAIとのハイブリッドになっているのではないでしょうか。現在、リアル店舗でセルフレジの導入が進んでいますが、20年後はそもそもレジ自体が存在していないかもしれません。また多くの店舗では、ロボット従業員などが活躍し、今の人による接客と変わらないレベルの接客を提供している。人による接客は、コンサルティング的なものに限定されているかもしれませんね。
磯部 国内人口は減少していますが、世界の人口は増加し、収入レベルも上がっていきますので、事業者としてグローバルな視野はますます欠かせなくなるでしょう。
ミライのSCの姿、ECとの関係は
太田 AIやメタバースといったキーワードも出ましたが、テクノロジーの進化で自動運転や空飛ぶクルマ、ドローンによる配送などが当たり前になり、人々の生活や産業構造、移動などが大きく変化するとみられています。そのなかで、SCの変化に関してはいかがでしょう。
磯部 SC運営や管理は、ほぼすべて自動化、IoT化され、巡回する警備員や清掃員などもロボットになっているのではないでしょうか。また、先ほど丹野さんがおっしゃったように、私も売場にレジ自体が存在しなくなっていると思います。お客さまも財布を持たずに買い物に来て、指紋や顔認証で決済ができるレベルになっているでしょう。
平川 確かに、キャッシュレス化が進めば、テナントに負担がかかっているレジ締めやディベロッパーへの売上報告作業もなくなります。売上報告自体、この先効率化・自動化の方向に進むでしょうしね。
丹野 フードコートなどの飲食ゾーンは、今とそれほど大きな変化がないように思います。ただ、健康志向のさらなる高まりを受けて、ほとんどの飲食店でオーガニックやプラントベースなど健康と環境に配慮した商品を提供しているでしょう。
太田 ECに関してはどう予想しますか。
丹野 国内のEC消費はさらに増すでしょう。そうしたなか、販売員の“タレント化”がさらに進み、リアルで接客を受けること自体が、上質で嗜好的サービスへと変わってくると思います。リアル接客を受けられる販売会が大きなイベントになっているかもしれません。何を買うかの時代から、誰から買うかの時代になるでしょう。
磯部 リアル店舗で実物をチェックして、購入はECが今のスタイルですが、20年後は今とは逆で、リアル店舗は新しいモノや情報を仕入れる場所になっているかもしれませんね。
ミライのSCに求められるもの
太田 20年後、SCに求められる役割とは。
大西 多くの企業や投資家はESG要因を重視する傾向にあります。テナント企業が出店先を探す際も、いかにその街の人々や環境に貢献しているかなどが出店の当然の判断材料となり、SDGsを訴えていないSCには出店を控えるといった企業も増えていくでしょう。社会貢献や地域を牽引していく視点は欠かせなくなります。
丹野 その地域の情報発信を担う必要はあると思います。また地域によりますが、これまで足元商圏に対応しているだけだったSCにとって、インバウンド消費の比重をいかに上げるかといった対策も欠かせなくなるでしょう。訪日外国人観光客(以下、訪日客)が地方に拡散していくなかで、宿泊施設併設の〝滞在型〟SCが増えるのではないでしょうか。
磯部 確かに。私自身、海外で現地の方の自宅に民泊した経験が今でも忘れられません。そこで、たとえば、SCの近くにある団地や歴史的建造物などを宿泊場所として活用し、リアルな日本を体感してもらうなど、SCと周辺のさまざまな資源を組み合わせたインバウンド施策も登場するかもしれません。
太田 なるほど。一方で、SC業界のなかでも、丸井グループは“売らない店舗”をいち早く手掛けたり、シェアハウスを展開したりと、最も未来志向、あるいは将来構想があるように感じますが。
磯部 そうですね、当社グループでは、丸井吉祥寺店に隣接する旧邸宅をシェアハウスとしてリノベーションし、ブリッジで店舗とつないで自由に行き来できる“店舗直結型シェアハウス”を展開するなど、SCの枠を超えた新たな取り組みを積極的に展開しています。
平川 「SC=日常の場所」という状態に持っていけると強いですよね。たとえば、サービスアパートメントのように暮らしながらそこに娯楽があり買い物も料理もできる、サードプレイスの拡大版、ミクストユースの進化型のようなSCが、20年後には登場するかもしれませんし、それが私の理想のSCの姿でもあります。
太田 皆さんの話を整理すると、地域や環境への貢献、インバウンド消費の獲得、日常の場所としてのSC、それらの視点が今後欠かせないということですね。確かに、インバウンドに関しては、本気で取り組んでいるSCはごくわずかで、国内の観光客対応も発達途上といった状況だと思います。あくまで商圏という考え方なので、そこを変えていかないと結局のところ物販はよくも悪くもECに持っていかれてしまうでしょう。
話題の施設などからミライのSCのヒントを探る
太田 最近注目している施設やエリアなどがあれば教えてください。
平川 閉館したSCをパブリックスペースにした台湾の「Tainan Spring」は視察してみたい施設の1つです。躯体を残したままアートな空間にして、そこに水辺をつくって子どもたちが遊び、大人が集うオアシスのようになっています。日本でもSCや百貨店の閉館が相次いでいますが、その跡地活用の参考になる施設だと思います。一方、日本国内においては、三重県多気町の「VISON」、滋賀県近江八幡市の「ラコリーナ近江八幡」など日本の魅力を発信している観光型施設のほか、大阪市中央区にある歴史あるビルをリメイクした「味園ビル」もサブカルスポットとしておもしろいです。味園ビルは、バブル期にキャバレーやダンスホールだったビルに、今は個性的なバーや飲食店が入居しています。音楽バーだけでもたくさんあり、それぞれの店ごとにジャンルが分かれていて、顧客は自分が好きなところに集まって、コミュニティが自然発生しています。SCも同じように、“無作為”という考え方をうまく活用すれば、ディベロッパー主導でのコミュニティ創出の取り組みも必要なくなるのではないでしょうか。
丹野 確かに、新宿ゴールデン街をはじめ、商店街や横丁のなかには、SCのように管理されているわけではないのに国内外から人が集まってにぎわっている場所がありますよね。そのほとんどは平川さんがいうように無作為なつくりです。一方で、SCは計画的に配置しますから、結果的にどこも同じようになってしまいがちです。
太田 ゾーニングの概念はもうなくなるかもしれないですね。
磯部 いずれにせよ、どこのSCもすべてが同じ仕様ではなく、施設の独自性やその土地が持っている特徴が象徴されるような場所をつくっていくことは当然必要になるでしょう。また、どのSCもハコの構造上、よくも悪くも制限がありますし、コストをかけて工夫しても、人の興味の移り変わりが早くてSNSに一度上がってしまったらトレンドがそこで終わってしまいます。テナントが入らず空きスペースになっていたとしても、無理に埋めるのではなくイベントで集客するのも1つの手だと思います。
丹野 まさにそうで、コンテンツで集客するのは理想であり、これから求められるでしょう。ただ、ディベロッパーの立場としては悩ましいところで、たとえばポップアップで回す場合、人通りが多い区画が適していますが、そうした一等区画はしっかりと賃料を取れるのにそこをつぶしてまで……となってしまうでしょう。
太田 空きスペースがあるとディベロッパーとしてはみっともない、埋めないと、と思うかもしれませんが、お客さまはそこが空いてしまっているのか、あえて空けているのかは意外と気にしていないと思います。商店街でも空き店舗はあるけれど、そのなかでも流行っている店舗は流行っているし、同じ感覚だと思います。
平川 そうすると、ゾーニングに加えて「リーシング」という言葉もなくなるかもしれませんね。テナントにせよ、コンテンツにせよ、ポップアップにせよ、これからはさまざまな手法でにぎわいを生み出す場所を開発できるディベロッパーがよい施設、よい街をつくり、支持されることでしょう。そう考えると、そもそも〝ショッピング〟を主体としたSCという名称や定義さえ変わってくるでしょうね。
大西 一方で、SCは計画的な手法をできる強みをどう生かしていくかも重要になると思います。当社グループが開発を進めている「TAKANAWA GATEWAY CITY」では、既存SCの領域に留まらないエキマチが一体となったライフデザイン型の商業空間づくりを進めています。私自身、ターゲット設定においても年齢・性別・国籍のセグメントはせずに、多様な価値観を大切にしてまちづくりをしていきたいと思っています。デジタル技術やデータを活用しながらSCだけではなく街全体でマーケットそのものをつくっていく視点はさらに大切になるでしょう。
太田 営業時間や定休日の問題もそうで、定休日を独自に設けるテナントや、17時閉店のテナントがあってもよいと思います。ディベロッパーがもっと柔軟になることでテナントのバリエーションも増え、個性あるSCになっていくでしょう。
丹野 いずれにせよ、運営や施設管理などにおいて今時点で負荷となっている部分を見直し、新しいものに着手していかないと明るいミライにつながらないと思います。
磯部 SCに対する考え方や制度なども自由度を高めて、我々自身の思考回路も柔軟にしていかないといけないと改めて感じました。
――本日はありがとうございました。
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丹野 亮吾
2008年(株)新都市ライフホールディングスに入社。神奈川・埼玉の商業施設の契約管理を従事後、施設のリニューアル、運営業務を経験。2016年より経営企画部にて事業計画策定、システム開発・導入を担当。SC経営士。
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磯部 亜矢
2009年(株)丸井グループに入社。リーシング部で北千住マルイのプランニング従事後に(株)Spartyに出向し、OMO Div 統括に就任。その後、(株)丸井にて韓国コスメの新規事業を担当。2023年4月より現職。SC経営士。
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平川 敬悟
2011年三菱地所(株)に入社。丸の内開発部配属後、東日本旅客鉄道(株)へ出向し複合ビルの開発業務を経験。現在は三菱地所プロパティマネジメント(株)に出向し、店舗リーシングおよび営業戦略企画業務を担当。
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大西 伊織
2010年(株)ジェイアール東日本都市開発に入社。SC開発担当後、2019年より東日本旅客鉄道(株)でTAKANAWA GATEWAY CITYの開発に従事。国土交通省Project PLATEAUの実証事業など、官民学連携によるスマートシティ推進を担当。
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太田 巳津彦
1976年(株)ヤクルト本社入社。日本ショッピングセンター協会、(株)商業ソフトクリエイションを経て、1997年(株)ワイ・キャップコンサルティング設立。2007年NPO法人一店逸品運動協会設立。中小企業診断士、販売士1級、SC経営士。SCアカデミー指導教授。
文/IEDIT Writing 伊藤 紘子
※2023年3月開催
スペシャル座談会 接客のミライ
OMO時代における「これからの接客」
~接客コンテストの大賞・グランプリ受賞者に聞く~
今や日常のなかにオンラインやデジタルがあふれ、OMO(Online Merges with Offline)という考え方が表わすように、リアル(オフライン)との垣根がなくなりつつある。ショッピングセンター(以下、SC)における接客の現場でも、たとえば、タブレット端末で接客し店頭在庫がなければECへ誘導したり、SNSで情報発信して来店を促進したり、店頭で店舗スタッフによるライブコマースを行うなど、接客の変化が急激に進んでいる。このOMO時代における接客の今、そしてこれからの接客は何を目指すべきか。「第27回(2021年度)SC接客ロールプレイングコンテスト」(以下、コンテスト)大賞受賞者、「STAFF OF THE YEAR 2021・2022」グランプリ受賞者の方々に語っていただいた。
- (株)ジンズ
イオンモール新利府南館店
伊藤 二三 - (株)バロックジャパンリミテッド
OMO推進部 デジタルマーケティンググループ
村岡 美里 - (株)ビームス
カスタマーエンゲージメント本部 ビームス 恵比寿 サービスマスター 兼 オムニスタイルコンサルタント
Heg.
(進行役)
- (株)Thanks Dream
代表取締役
関岡 英人
コロナ禍で接客はどう変わったのか
関岡 本日は、コンテストで大賞を受賞した伊藤二三さん、「STAFF OF THE YEAR」の2021グランプリを受賞した村岡美里さん、同2022グランプリのHeg.(ヘグ)さんという一流の接客力を持つ方々に集まっていただきました。最初に、2020年からの新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、マスク着用やアルコール消毒、ソーシャルディスタンスの確保といった対応を余儀なくされたなかで、皆さんが勤務する実店舗でどのような変化があったのかをお聞かせください。
伊藤 お客様との距離を確保しなければならないわけですが、メガネは顔に直接かけるものなので、かかり具合の調整でお客様に触れることがあったり、検査時にも距離が近くなったりしがちです。もちろん店舗として商品も含めた消毒やパーテーションの利用などはありましたが、個人的には什器越しにお声を掛けるなど、お客様へのファーストアプローチには気を遣いました。
関岡 そうしたさまざまな難しさがあるなかでも、店舗として売上げを確保しなければならないわけですよね。そのあたりはどのように対応されましたか。
伊藤 実はあまり「売上げを取ろう」とは思っていませんでした。私はジンズに入って11年目ですが、その前から接客一筋で、とにかく接客が大好きなので、「販売ではなく接客をしている」と思っています。商品ありきでお客様に売るのではなく、最高の提案をしたい。そういう意味では、コロナ禍でソーシャルディスタンスを確保しながらでも「心の距離を近づける」接客を心掛けました。
村岡 外出機会が制限されたことで、お客様としてはそれまで以上に「買い物をする理由」を求めていて、店舗でも少し遠慮がちになっているように思えました。一方で、私はSNS集客などのOMOデジタルマーケティングを現在担当していますが、コロナ禍はSNSが明らかな強みになって、これまで取り組みを続けてきてよかったと実感する機会でもありました。鮮度のある情報を発信し続けるには根気が必要で、SNSを重視して続けてきたからこそ、それができたと思います。スタッフも普段からSNSを使用している者がほとんどなので、店舗での接客スキルをいかにSNSに反映するかを考えてスタッフとコミュニケーションしていました。たとえば「店舗でコーディネートしてもらうとかわいく見えるのに自分だとうまくいかない」というお客様の声も聞くので、「自分でもできるコーデ」といった視点で発信するように心掛けていました。
Heg. コロナ禍以降は目的をもって来店するお客様が多くなりました。事前にリサーチをして、スマートフォンで商品の写真をスタッフに見せて「この商品はどこにありますか」と目当ての商品を買いに来る感じです。また、ビームスではスタイリングやフォトログ、ブログ、ビデオなどの投稿を公式サイトから見てもらえるような仕組みがあります。そこで、お客様があらかじめ商品情報を得てから来店されることを想定し、サイトでの効果的な事前アプローチ手法と、店頭でしか体験できないことを考えるようになりました。コロナ禍ではEC利用者が多かったので、私たちとしては信頼でき、かつ安心して買える情報をいかに届けられるか、スタッフ全員で話し合って実践しました。コロナ禍が明けても、来店前の事前リサーチは定着しつつあるので、以前と同じような接客ではなく、デジタルの接点を生かした接客に変化させていく必要があると考えています。
関岡 オンライン接客の難しさなどありますか。
Heg. 店頭にいると商品があるのが当たり前なので、商品のストレッチ感や素材感などは見てもらえばわかるのですが、オンラインではそういう感覚的なものを的確に言葉にしなければならず、そこが難しいと感じています。
ビームス公式サイトでの「スタイリング」投稿
接客現場で活用するオンライン・デジタル
関岡 皆さんが実際に店舗などで活用しているデジタルツールなどがあれば教えてください。
伊藤 私は在庫確認が主です。在庫がない場合はオンラインをすすめたり、近隣の店舗に誘導したりしています。
村岡 現場ではインスタグラム、ティックトックが主流ですが、ユーチューブを使う人もいます。なかでもインスタライブは新作情報を発信するなどの用途で積極的に活用していて、お客様はそれを見てあらかじめ商品情報をインプットしてから来店されるケースが多いです。ライブコマースも定期的に配信しています。また、店頭でもタブレット端末を使っていますが、在庫がない場合には「スマートオーダー」という仕組みで、店頭で料金を支払い、自宅へ配送したり、反対に店舗受け取りができたりと、ツールの活用で購入の方法も広がっています。また、イベント性を演出する意味で、スポット的なオンライン接客も実施しています。表参道の旗艦店「The SHEL'TTER TOKYO」に設置されたスタジオから、1対1のオンライン接客を行う形です。
関岡 そうしたツールの活用において、困ったことや難しかったことなどありますか。
村岡 最初はインスタライブの視聴率がなかなか上がらず、配信のモチベーションが下がってしまうという問題がありました。その後は「見られるアカウント」として発信する必要性に気づいて、スタッフ全員が個々のフォロワーを伸ばすというモチベーションにつながりました。
Heg. スタッフは店頭での接客と、先ほどご紹介したスタイリングやフォトログ、ブログ、ビデオなどを活用したデジタル接客を並行して行っています。また、ビームス公式サイトにはスタッフの個人ページがあり、コンテンツを自ら更新しています。来店されたお客様に対してもこうしたページを紹介して「ぜひご覧くださいね」とご案内するようにしています。スタイリングを投稿しているスタッフは社内で約2,000名おりますので、アップしても埋もれてしまって、なかなかPVが伸びずにモチベーションが下がりがちです。そこで来店された方に直接ご案内をして、退店後も接点をもってもらう、クロスユース的な状況をつくる努力はしています。
SNSのライブ配信でオンライン接客する村岡さん
OMO時代におけるリアル接客の役割
関岡 オンライン・デジタルとリアル接客が融合する今だからこそ、リアル接客の価値はより高く、重要になっていると感じています。実店舗での接客販売において、お客様が求めている販売員の役割はどのようなものだと考えますか。
伊藤 購入いただいたお客様にアンケートをお願いしており、そのなかの来店のきっかけについて尋ねる項目では、「直接試着したい」という回答が非常に多いです。オンラインでもAI診断で似合うメガネを探すことができるのですが、人には形としての似合う、似合わないだけでなく「なりたい自分」というものがあって、そこはAIでは判断が難しい部分です。リアル接客では、そうしたお客様の潜在的なニーズを引き出すことを心掛けています。また、メガネの用途やそれに合う素材、かけ具合なども重要な要素であり、やはりオンラインでは難しい部分です。
関岡 私もメガネ店によく行きますが、メガネの話や提案は饒舌であっても、それ以外の話をあまり聞かれたことがないですね。ところが伊藤さんはその部分が非常に上手です。そうしたスキルを後輩たちにどう伝えていますか。
伊藤 先述のとおり、自分は「販売員」だとは思っておらず、「接客」をしているという意識が強いです。販売ありきだとどうしても商品説明が多くなりがちで、そうなるとお客様のニーズを引き出すところまでは難しいと考えています。ほかのスタッフに対しては、お客様の購入後のことを想像してもらうことに力を入れています。
村岡 私もコンテストで伊藤さんの接客を拝見しましたが、人柄があふれ出ていて、安心感があって、本当に素晴らしく感じました。私もリアルの接客ではAIとは違うことが求められていると考えています。たとえば、お客様が「はい」と言った時に、その表情や声のトーンなどから本当の気持ちを汲み取っていく。そういう部分はAIにはないスキルで、そこにリアル接客の価値があります。伊藤さんの話にあったように、「未来を想像する」ことはお客様の満足感にもつながります。私自身、ECでの買い物はあまり記憶に残らないことが多いのですが、店舗で接客を介して買ったものは、店舗の雰囲気なども含めて、思い出として残るものです。そこにリアル接客の価値があると考えています。
関岡 バロックジャパンリミテッド社は、どの店舗も皆さん「熱い」接客をする印象があります。そのあたりの意識の源などはありますか。
村岡 入社後に「バロックスクール」という接客講習で、最初に「お客様に満足、感動を与える接客」「お客様の記憶に残る接客」が私たちの仕事のテーマであることを教え込まれます。それがスタッフのマインドになっています。お客様の記憶に残れば、後でSNSを見ていただくきっかけにもなります。
Heg. 販売員は「AIに取って代わられる職業」と言われがちです。スタイリングなどもAIが考えて、AIがつくったモデルが着るという形になるのかもしれませんが、当社代表取締役社長の設楽洋は「お客様が会いに行きたいと思うスター社員を店舗に増やしたい」と話しており、私自身その言葉にとても共感しています。好きなアーティストのライブに行き本人に会える喜びを感じるように、お気に入りのスタッフに会いに行きたいとお客様に思っていただける状態を目指しています。人の魅力で価値をつくることで、お客様に商品だけでなく、嬉しい気持ちも持ち帰っていただくためには、お客様に愛着をもってもらえるように自分たちが大切にしている個性を表現することが必要です。マニュアルありきでなく、自分なりの表現ができて、それをリアルでもオンラインでもできるようにすることが重要だと思います。
第27回SC接客ロールプレイングコンテスト全国大会での伊藤さん
両軸としてのオンライン接客
関岡 リアル接客との両軸として、オンライン接客のさらなる普及やスキル向上のために本部が取り組むべきことなどはありますか。
伊藤 スタッフがすべきことが増えるわけですから、現状では人員も時間も足りません。そこを改善できるかという点と、スキル面ではたとえば本部でモデルをつくってそれを横展開するような形でないと、なかなか難しいかもしれません。
村岡 スタッフの個を生かすためのSNSの運用をしていくうえで、さまざまなバックアップが必要だと思います。オンラインで接している店員に実際に会えるという形は、魅力もありますが怖さもあります。スタッフが危ない目に逢わないような配慮や、サポート窓口なども必要です。そういう部分も含めた研修などが求められると考えています。
Heg. 外から見ると簡単そうに見えることが、実践してみると難しいというのはよくあることです。そこでつまずいた時に「意外とできるよ」とか「こんな方法もあるよね」といったように、モチベーションを上げて、興味に到達することができるような「一歩を乗り越える」研修が必要かもしれません。
関岡 オンラインを敬遠するスタッフをどのようにやる気にさせるのかという部分もありますね。
Heg. 敬遠する理由にもよると思います。たとえば、誹謗中傷にさらされるのが怖いから顔出しのスタイリング投稿を躊躇するというケースがあります。本質的な部分でいえば、お客様が見たいのはその人の顔でなく商品の情報であるため、顔を出さずに商品を紹介する方法を探すことが大事です。デジタルでの接客は一通りではないので、適した方法を考えていくことも1つだと思います。
10年後のリアル接客とは
関岡 最後に、今から10年後のリアル接客はどのようなものになっていると思いますか。
伊藤 私個人としては、お客様に寄り添う接客の形は変えたくないし、変える必要はないと思っています。商品ありきの販売員ではない、「接客スタッフ」を増やしていきたいです。その結果として10年後に売上げが上がっていることが理想です。若手には「自分の“推し”の人が買いに来たことを想像してほしい」と言いながら、人と人のつながりの重要性をわかってもらうようにしています。
村岡 デジタル化・オンライン化が進むなかでも、変わらないのはお客様が感情をもった「人」であることです。1つのことを伝えるのにも、最適な言葉や、最適なタイミングを選択するスキルが必要で、そこに至るにはリアル接客の経験の積み重ねしかないと考えています。それが価値になり、10年後には接客の実力がないと通用しない世界になっているのではないかと思います。
Heg. 美容院で担当スタッフを指名するように、10年後は特定のスタッフを目当てに来店する時代になっているのではないかと考えています。お客様にとって、商品を買うことだけでなく、スタッフとのコミュニケーションを通じてあたたかい気持ちを思い出として持ち帰ってもらう。「あの人から買った」という思いを持ってもらうことで、その服を着る時に幸せな気持ちになってもらったり、大切にしてもらったり、そういう職業になっていればよいと思います。
関岡 今日お話を伺っていて、皆さんキラキラ輝いていて、これからも多くの方がそういう姿に憧れるはずだと感じました。
――本日はありがとうございました。
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伊藤 二三
関東地区8店舗を経て、現在はJINSイオンモール新利府南館店に在籍。「第27回SC接客ロールプレイングコンテスト」において、大賞および経済産業大臣賞受賞。同コンテストにてSC接客マイスター1級取得。
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村岡 美里
2012年にriendaの販売員として入社。「STAFF OF THE YEAR 2021」グランプリを獲得。2021年11月より本社へ異動。全国の店舗スタッフに向けてSNS教育を行う傍ら、バロックのオフィシャルスタッフとして自らもSNSでの情報発信を行う。
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Heg.
2017年に(株)ビームス入社。「STAFF OF THE YEAR 2022」では8万人のなかからグランプリを受賞。店舗に立ちながら、安心してお買い物ができる「お客様目線」を大事にしたデジタル接客も行う。
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関岡 英人
グローバルブランドの販売代行業や、接客業に特化した人材派遣事業のほか、飲食店や人材育成事業を展開する(株)Thanks Dreamの創業者。独自の人材育成はメディアからも注目をされており全国の企業からも人気を集めている。著書「ダメな部下を大化けさせたプレイングマネージャーの秘密」。
文/第一企画(株) 遠藤 宏之
※2023年7月開催
スペシャル座談会 専門店とSC
テナント企業トップに聞く、
SCのこの10年の変化と未来に向けたSCへの期待
ショッピングセンター(以下、SC)は、ディベロッパーとテナントの共存共栄のもと発展してきた。今後もリテールビジネスのプラットフォームであるSCが発展し続けるためには両者の協力が欠かせない。そこで、長年にわたりSCへ出店してきたテナント企業トップにお集まりいただき、未来に向けたSCビジネスについてヒントを得ていただくため、これまでのSCへの展開などを振り返りながら、テナントの視点でこれからのディベロッパーとテナントの関係性などについて語っていただいた。
- (株)サックスバー ホールディングス
代表取締役社長
木山 剛史 - (株)ハニーズホールディングス
代表取締役社長
江尻 英介 - (株)有隣堂
代表取締役社長
松信 健太郎
(進行役)
- ニッケ・タウンパートナーズ(株)
取締役営業本部長 兼 開発事業課長
青出木 千夏
会社設立とSC出店のあゆみ
青出木 まずは事業の紹介をお願いします。
木山 (株)サックスバー ホールディングスは、鞄、ハンドバッグ、財布、トラベルケースなどを中心としたファッション雑貨専門店の直営店を全国で600店舗展開しています。現会長の木山茂年が1974年に東京都葛飾区の新小岩で創業し、私が社長に就任して11年目になります。以前は(株)東京デリカという称号でしたが、2014年に持株会社制に移行して現在の社名となりました。
松信 (株)有隣堂(以下、有隣堂)は書店のイメージが強いですが、書店の売上げは全体の半分程度で、それ以外にソリューション事業などBtoBのビジネスを展開しています。私自身は2007年に入社して以来書店を担当してきました。現在は社長の立場ですが、店売事業本部長を兼務しており、軸足の7割は現在41ある店舗に関わっているという状況です。
江尻 (株)ハニーズホールディングスは1978年に創業し、現在46期を迎えています。取扱商品は婦人服や身の回り品で、SPA(製造小売業)として商品の企画製造、販売まで行っています。現在870店舗を展開し、特徴としては、ヤングカジュアルの「コルザ」、大人の女性向けの「グラシア」、エイジレスな「シネマクラブ」という3つのブランドを「ハニーズ」という1つの店舗で展開し、立地や客層によって構成比を変えています。製造はミャンマーの自社工場を中心に直接オーダーし、コストを抑えながらよい素材を使っています。
青出木 SCへの初出店の時期とそのきっかけを教えてください。
江尻 当社は父である現会長の江尻義久が福島県いわき市で創業したのですが、もともと祖父が営んでいた帽子屋を父が手伝うようになり、その後時代の流れで帽子から婦人服に転向した経緯があります。最初に出店したのは地元の協同組合による「小名浜名店街」で、以降、福島県内や仙台などで駅ビル・ファッションビルを中心に出店していきました。「仙台フォーラス店」の品揃えや価格面を評価いただき、郊外型の大手ディベロッパーにも声をかけてもらえるようになり、全国に広がるきっかけになりました。当時は仕入れ型で運営していたのですが、よりお客様が満足する品揃えにするために、1985年に自社工場を設立して製造も行うようになりました。
松信 書店としては1909年に横浜市伊勢佐木町に創業したのが出発点です。SCへの出店は1964年、横浜駅西口の「ダイヤモンド地下街(現相鉄ジョイナス)」に遡りますが、当時はまだSCというよりも商店街に近かったと思われるので、本格的なSCとしては1980年の「ルミネ横浜店」が最初です。まだ本がよく売れていた時代です。「アトレ」、「ルミネ」などJR東日本グループへの出店が多かったのですが、書店というのはいくらでも代わりがありますので、特定のSCに依存してしまうと、結果が出なかった時に信頼を失って経営基盤が揺らいでしまいます。そうしたこともあり、さまざまなディベロッパーに出店させていただきました。出版物販売額は1996年頃がピークでその後は下降線をたどる一方で、出店自体は1996年以降のほうが多くなっています。
青出木 2023年10月には関西エリア初となる「神戸阪急店」をオープンしていますね。
松信 もともとドミナント戦略を考えていたわけではないのですが、他地域に出店しなかったのは、祖父が日本書店組合連合会(当時)の会長をしていたこともあり、地元書店を守るという考え方が強かったことが影響しています。ただ、会社として全国進出は1つの目標で、それが創業114年目にかないました。
木山 もともと創業前に、祖父が新小岩で荒物雑貨店を営業していたのですが、それを父が脱サラして店を継いで鞄屋になった経緯があります。最初の出店は1970年の「ダイエー赤羽店」で、そこでいろいろと苦労しましたが、その経験が後に生きたことも確かです。その後、駅ビルの「ボックスヒル松戸店(現アトレ松戸)」に出店し、そこが成長のスタートだったと認識しています。
国内外から厳選されたバッグ、財布小物、トラベル関連をセレクトした「サックスバー ららぽーと門真店」
定期建物賃貸借契約の弾力性が必要
青出木 この10年でSCとの関係に変化などは感じていますか。
木山 今は定期建物賃貸借契約(以下、定借)が当たり前の時代ですが、やはり定借の制度の開始前後でテナントとディベロッパーの関係は大きく変わったと思います。当社の場合は、ディベロッパーからのリクエストで新しい業態やブランドをつくるなど、ディベロッパーに育てていただいたという認識が強いです。定借になってからは、業態に対するディベロッパーの要求が非常に高くなったと感じています。SC同士で差別化をしていかなければならないという事情が業態に対するリクエストとして現れるようになり、それが当社にとってはよいきっかけになりました。この10年を振り返ると、小さいアパレルのテナントが淘汰されたことに加え、コロナ禍もあってSCの区画が空くことが多くなりました。反対に当社としては増床したいという思いがあり、隣の区画が空いたら店舗を広げていくといった対応をしていただきました。百貨店などでは1階にバッグ売場がありますが、私たちはSCでそうした役割を果たしたいと考えていたので、多くのブランドを揃えるための増床・大型化が必要でした。
松信 やはり定借は厳しいですね。しかもどんどん短期化しています。3年、5年といった期間で投資回収するのは、書店業態では事実上不可能です。書店は商品も発売日も他社と一緒で、販売価格も決まっているため価格競争もできず、差別化が難しい業態です。書店業界は1996年頃のピーク時と比べると書籍は約5割、雑誌などは4分の1程度にまでマーケットが縮小しており、当社としてはSCに対して賃料減額をお願いする10年でした。もっとも、賃料を減額していただくには、代わりに何ができるのかを示さなければなりません。そのSCにふさわしい書店のあり方を企画段階からディベロッパーと一緒に考えるという機運はこの10年で出てきたように感じています。
青出木 定借はディベロッパー側から見るとテナントに撤退されるという危機感もあるので、定借満了のタイミングで賃料を減額することもあります。今は最低保証+売上歩合方式が多く、「その分売上歩合で返します」ということもできます。ディベロッパー側から歩率を上げてほしいという話がくることはありますか。
松信 書店については売上げが減り続けているので、売上歩合の金額が上がらなければ当然歩率を上げてほしいという話になりますよね。本だけで商売をしていると売上げはどうしても下がります。業界全体で見ても、大手出版社の紙の書籍の売上げがこの5年程度で15~20%減っています。流通の上流でそれだけ減っているので、書店は競合店が減るといった特殊要因がない限り売上げが増える要素はありません。一方で、ECは伸びているのではないかと思われがちですが、ECを含めても縮小しているのが現実です。売上げを上げるなら本以外の要素を取り込む必要があるのですが、SCによっては「本だけでやってほしい」という要望もあります。当社としては従うしかありませんが、それでは厳しいです。
江尻 売れる店舗は賃料が上がってもよいと思っています。歩率についても売れていればそれほど気になりません。反対に、最低保証を下回るような店舗の場合は下げてもらわないと厳しいですね。この10年は外資のファストファッションが全盛になった時代で、アパレルの淘汰が進みました。生き残っていくにはどれだけ品揃えできるのかも重要で、そういう意味では当社のようなSPAは有利です。SCで区画が空けば増床や移動もどんどん行っています。一方、定借については、出店を取り巻く環境が変わってきている時期でもあり、契約の方法を見直す弾力性があってもよいと思います。
ベーシックからトレンドまでをカバーする3ブランドで展開している「ハニーズ イオンモールいわき小名浜店」
ECとリアルのバランス
青出木 ECとリアルの売上げのバランスはいかがですか。
江尻 現在のEC化率は10%程度で、毎年伸びています。2022年からはECで注文して店舗で受け取り決済をする仕組みをつくったのですが、たとえば買う前に試着してサイズを決められたりするので好評です。この仕組みでは売上げも店舗につきます。店舗受け取りはとくに郊外の駅ビルやファッションビルで好調で、会社帰りに立ち寄るケースが多いようです。
木山 当社では2023年から店舗受け取りをはじめました。決済はEC・店頭のどちらでも可能で、単価の高い商材を扱っているということもあり、実際に店頭で商品を見て買いたいというお客様が多いです。店舗があることは信用力にもつながります。また、スーツケースなどは大きくて店舗に置ける数が限られるので、タブレット端末を使った商品の紹介も取り入れています。OMOをどこまで進められるのかは今後の課題です。店舗がショールーム的な役割になるケースも増えているので、SCとの契約のあり方を考えなければならない時期にきているのかもしれません。
松信 書店は、本では商品の差別化ができないので、アマゾンを上回るシステムができない以上、ECは実質的に難しいという現状があります。客注が入った場合、ECと連携することはもちろんできますが限定的です。グッズなどニッチな商品であれば可能かもしれません。
青出木 一方で、公式ユーチューブチャンネル「有隣堂しか知らない世界」が人気になっています。
松信 書店の売上げが減少傾向にあるので、若い従業員は成功体験がほとんどないという課題がありました。そうした現状を考えると、売上げ面での成功体験は簡単ではありません。それならばお客様とのコミュニケーションのなかで小さな成功体験を積み重ねていけばいい。そのコミュニケーションツールの1つがユーチューブだったということです。店舗で売っていない商品も紹介するなど、自虐的な内容でウケたわけですが、視聴者からの反応があれば従業員のモチベーションアップにもつながります。ユーチューブだけで売上げがアップするわけではありませんが、書店という斜陽産業にもかかわらず、新卒の応募が数倍に増えたことには驚きました。
(株)有隣堂が「COREDO室町テラス」に出店した、台湾発の書店「誠品」の日本進出第一号店「誠品生活日本橋」
ESへの考え方
青出木 人手不足が深刻です。ESについてはいかがでしょう。
木山 当社は地方店舗も多いので、大きな変化を感じています。昔は人手不足に困ることはなかったのですが、今は本当に人手が足りません。一方で近隣の工場には多くの人が集まっています。小売りのステータスが落ちたというのもありますが、工場は土日休みだったり、定時で帰れたりという点が大きいわけです。ここを改善しないと変わらないと思います。自店だけ休むという選択肢もありますが、単価の高い商品を扱っているので防犯面で難しい面があります。
松信 実は、書店はそれほど人手不足感がありません。何十年も同じ店でアルバイトをする人が多いのは書店の特徴かもしれません。営業時間については、ES的には短縮の方向なのでしょうが、私たちはむしろ延ばしてほしいというスタンスです。閉店間際や朝一番の売上げが案外多いからです。また、人気漫画の発売日などは大きなビジネスチャンスなのですが、開店時間が10時、11時となっているため、朝5時から販売するコンビニエンスストアに太刀打ちできません。これは本当に悔しいです。営業時間を延ばすというより、柔軟性を持たせてもらえるとありがたいです。
江尻 有隣堂さんとは反対で、アパレルの場合は朝買う人はほとんどいません。そういう意味では営業時間はもっとフレキシブルでよいと思います。働き手についていえば、コロナ禍以降、転勤を嫌がる人が増えています。新卒の場合、地域限定とは3万円程、給与の差をつけていますが、それでも集まりません。もう1つの問題がお客様と店員の年齢的なミスマッチです。最近では、レジ対応が複雑で辞めてしまう人も多く、40代の店員が足りていません。決済方法が多様で、ポイントの取扱いも店舗とSCの両方あり、返品の仕組みも複雑すぎるため、何らかの対応を考えているところです。
10年後の姿をどのように描いているか
青出木 自社の10年後の姿、またこれからのSCとの関係性はどのようにあるべきかについてお考えをお聞かせください。
木山 バッグのマルチブランド専門店というのは珍しいので、世界展開していきたいです。今はその基盤をつくっている段階です。実はコロナ禍で110店舗を閉めたのですが、売場面積は減っていません。店舗数を競うのではなく、大型化を進めることでバッグのワンストップストアを実現したいと考えています。SCとの関係でいえば、空床が多いSCは人が集まらないので、私たちも増床などで貢献していきたいと考えています。また、多くの従業員がブランドはもとより「館で働く」という意識がとても強い。だからこそもっとESに力を入れていく必要があります。私たちだけでは限界があるので、SCにもそこは意識してもらいたいです。
松信 有体物としての本を売ることだけでビジネスをしていくことは限界にきているので、地域の知や文化の拠点、あるいはコミュニケーションの場として、書店を新しい形で残していくことを考えなければなりません。本が売れないといいながらも、まだ年間に7万冊の出版物がつくられています。図書館などとも協力しながら、これらの出版物と人をつなぐ地域文化のプラットフォームをつくっていく必要があります。SCでの役割も同様で、文化の顔としての書店の存在がSCの付加価値になるような提案をしていきたい。大きな集客効果のあるイベントを行えば、当社の売上げはともかく、SCにとっても恩恵があるわけです。今後はただ床を借りて賃料を払うのでなく、戦略的パートナーとしての関係をつくっていくことが重要だと考えています。
江尻 ここまでハニーズとして全国に店舗を広げてきて、一時は中国にも500~600店舗展開していたこともありましたが、海外に向けては必ずしもリアル店舗でなくても、ECをうまく使いながら展開していくことも考えています。現在、当社のECサイトは海外からのアクセスには、たとえば香港であれば中国語でメッセージを表示して購入をサポートする仕組みで運用しています。一方で国内については、ECがいくら伸びてもリアル店舗には意義があると考えています。ただ、現状店舗数が多いこともあり、どこかに新店を出せばどこかが影響を受けてしまいます。そろそろハニーズとは異なる新業態をつくることで成長につなげていく時期にきているのではないかとも考えています。たとえば、駅ビルなどは客層に合わせたブランドをつくり、小さい売場面積でも対応できるような業態もあると思います。トップダウンではなく若手社員の声を聞きながらプロジェクトを進めています。SCについては、ECとは違う「ここでしか買えない」という「道の駅」的な地域性を出していくことも必要で、テナントとしてそれに貢献できる品揃えを実現することが重要だと考えています。
――本日はありがとうございました。
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木山 剛史
1990年(株)東京デリカ入社。米国イリノイ大学修士課程修了後、店舗勤務を経て、1998年販売部長就任。1999年取締役就任。2007年常務取締役就任。2012年代表取締役社長就任。2014年(株)サックスバー ホールディングス設立、同社代表取締役社長就任。
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江尻 英介
2001年(株)ハニーズ(現(株)ハニーズホールディングス)入社。2007年取締役執行役員。店舗開発部長、商品本部長、営業本部長を歴任し、主に店舗の開発・運営、商品企画業務に従事。また、ミャンマーの自社縫製工場設立の立ち上げから携わる。2021年より現職。
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松信 健太郎
2007年(株)有隣堂入社。主として店売事業部門を担当し、書店の収益改善に注力。新業態店舗として「HIBIYA CENTRAL MARKET」(東京ミッドタウン日比谷)や「誠品生活日本橋」(コレド室町テラス)などを立ち上げる。2020年より現職。
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青出木 千夏
2003年日本毛織(株)入社。ニッケコルトンプラザ(千葉県市川市)、ニッケパークタウン(兵庫県加古川市)の施設運営やリニューアル事業を担当し、2021年より現職。(一社)日本ショッピングセンター協会情報委員会委員、SCアカデミー第6期生。
文/第一企画(株) 遠藤 宏之
※2023年8月開催
スペシャル座談会 メディアの視点
流通専門メディアに聞く、SC業界の今とこれから
日本国内では、これまで多くのショッピングセンター(以下、SC)が誕生し、その時代に合わせて進化を遂げながら、地域のお客様の生活を支えてきた。だが近年は、人口減少による国内需要の縮小や購買チャネルの多様化などの影響もあり、SC数は2018年の3,220SCをピークに減少傾向にある。予測不可能なこれからの時代、SCが向かうべき方向とは。そこで、今後のSCビジネスのヒントを探るべく、日頃より多くのSCを取材している流通専門メディアの関係者にお集まりいただき、現在のSCはどのように見えているのか、SC業界に感じる課題・問題点、今後のSC業界への期待などについて語っていただいた。
- (株)産業タイムズ社
商業施設新聞 編集長
高橋 直也 - (株)繊研新聞社
編集局 本社編集部 チーフマネジャー
有井 学 - (株)流通ニュース
編集部 編集長
鹿野島 智子
(進行役)
- ニッケ・タウンパートナーズ(株)
取締役営業本部長 兼 開発事業課長
青出木 千夏
この10年で何が変わったのか
青出木 本日はSC関係者であれば、“必読”ともいうべき3大流通専門メディアの関係者にお集まりいただきました。独自の視点からSC業界の今とこれからについてお聞かせください。まずは自己紹介と、メディアとして大切にされていることを教えてください。
高橋 私は大手人材紹介会社の営業を経て当社に入社し、現在は「商業施設新聞」の編集長を務めています。当社では、商業施設新聞以外にも、医療系・工業系のメディアも展開しています。商業施設新聞では、SCにとどまらず、ホテルや物流施設、まちづくりなど幅広く扱っています。メディアとして大切にしていることは、「理由を明らかにすること」です。データ以上に、なぜその数字になったのかが読み手には重要な情報だと考えています。
有井 当社は2023年に創業75周年を迎えました。「繊研新聞」は、もともと糸の相場速報を提供していましたが、現在は服飾から雑貨まで幅広く扱っており、対象もSCや商社、物流など多岐にわたります。私は1991年に入社して、スポーツ用品やアパレル担当を経て、2013年からSCを担当しています。会社の方針として、「目となり、手となり、耳となり」業界の発展に貢献することを目指しています。
鹿野島 「流通ニュース」はSCだけでなく、百貨店やスーパーマーケット、コンビニエンスストア、ECなど流通業界全般の最新ニュースを提供するネット専門のBtoBメディアで、2008年より運営しています。開設当初は速報を中心に扱っていましたが、現在は最新店舗のレポートや業界関係者への取材記事も多くなっています。経営者のビジネスアイデアの種となるような情報をいち早く提供したいという思いで日々運営に取り組んでいます。私自身は物流専門紙、不動産会社を経て、2015年に当社に入社し、現在は流通ニュースの編集長を務めています。
青出木 取材を通じて多くのSCを見られていると思いますが、この10年で感じたSCの変化、進化などについて教えてください。
高橋 個性化が進んだことですね。私がこの世界に入った頃は「同じブランドのSCならどの施設も同じ」というイメージがありましたが、今は大手チェーンでも個性や地域性などを打ち出すようになっています。三重県多気町の「VISON(ヴィソン)」のような「そこにしかない」商業リゾート施設は10年前には考えられませんでした。また、ひと昔前であれば貸し床にしていたような場所をイベントスペースなどにするなど、床の使い方が変わったことも感じます。
鹿野島 モノ消費からコト・トキ消費へというように、物販だけにとどまらない世界になってきたことを強く感じています。最近の事例を挙げますと、たとえば、全国各地で郊外型SCを展開するイオンモール(株)は屋外で広場一体型となった商業施設の新コンセプト「nONIWA(ノニワ)」を立ち上げ、新たな施設づくりを開始しています。2023年10月には、埼玉県羽生市にある「イオンモール羽生」の屋外に第1号となる施設「HANYU nONIWA」を先行オープンしました。2024年にはアウトドアサウナパークやグランピング施設もオープン予定で、思い切ってコト・トキ消費型に振り切った施設です。「モノを売らない」スタイルの施設でいかに販売につなげるのか、という段階にきていることを感じます。
有井 この10年のSCを取り巻く環境の変化を考えた時に、私はコロナ禍以上にECの台頭が大きなトピックだったと考えています。これはSCに限らず、実店舗に大きな影響を与え、結果的にディベロッパーの「買い物以外の体験価値向上」という変化につながりました。ECとの競争のなかで個性化が求められ、チェーン系SCであっても館1つひとつの独自性を考えるようになりました。たとえば、都心のSCでは、東京都渋谷区の「渋谷PARCO」に代表されるように、より研ぎ澄まされたファッションを指向することが成功のカギになっています。ラグジュアリーブランドを入れるなど、百貨店との境界がなくなってきていることも感じます。
ディベロッパーが「一歩踏み込む」時代
青出木 ディベロッパーに対してはどのように感じていますか。
有井 ディベロッパーにおいては、従来の運営方法だけでは難しいという意識が強くなっていて、原則的な収益モデルは変わらないものの、不動産賃貸業から一歩踏み込もうという取り組みが増えているように感じます。たとえば、三井不動産(株)が2023年6月に千葉県木更津市の「三井アウトレットパーク 木更津」の隣接地にオープンした「KISARAZU CONCEPT STORE」は、従来のアウトレットモールとは違う新しい業態として話題を集めています。もともとはコロナ禍を機にテナントの大量余剰在庫問題の解決というアプローチから誕生した施設で、テナントに寄り添う形になっているのも特徴です。ほかにも共同物流や在庫の連携など、テナント側の課題にも踏み込んだ取り組みを行うディベロッパーは増えています。
鹿野島 確かに「一歩踏み込んだ」取り組みが多いですね。三井不動産(株)が「RAYARD MIYASHITA PARK」(東京都渋谷区)内にオープンした次世代型ショップ「THE [ ] STORE」は、EC専門のD2Cブランドなどがリアル展開するためのポップアップショップという位置づけで、これはアイデアやテナント運営力、ネームバリュー、そしてシステムのすべてを満たしているからこそできる取り組みだと思います。ECと連携した仕組みとなっているので、店舗に在庫を置く必要がなく、レジも不要なので、スタッフの負荷も少なくて済みます。また、D2Cブランドなどにとって、いきなりリアル店舗を出店するのはハードルが高いので、こうした仕組みを利用してブランドを「育てる」ことで、将来の出店につなげていくのはよい試みだと思います。また、三菱地所(株)の「ハシゴ楼(エムズクロス人形町)」も同様にテナントを「育てる」新たな試みを行っています。飲食店が対象ですが、家賃や造作もディベロッパー側が負担する売上連動型を導入しているので、個人や中小事業者でも出店しやすくなっています。このようなディベロッパーがテナントと「一緒に育てる」取り組みが増えてきているように感じます。
高橋 総じて「売る」よりも「集う」ことが前提になってきていることを感じます。たとえば最近取材した事例ですと、岐阜県岐阜市の「マーサ21」は、従来店舗区画だったところを使って1階のフードコートを増床リニューアルしました。フードコートは上層部にありがちですが、賃料を稼ぐ場所である1階に残した点も集うことを優先した結果だと思います。さらに30レーンのボウリング場やゲームセンター、アスレチックなどもあって、地域の人にいかに来てもらうかを考えています。
青出木 これまでの不動産賃貸業のままではダメ、というディベロッパーの危機感の表れでもありますね。
テナントの細分化とOMOの進化
青出木 一方で、テナント側についてはいかがでしょう。
高橋 細分化が進んだと感じます。施設のコンセプトが多様化することで、ターゲットが細分化され、テナント側もそれに対応する必要が出てきています。たとえば、串カツ田中が親子丼の新業態をはじめたのはその表れです。また、SCでは従来少なかったユーズド系アパレルの出店が増えており、その多くが好調だと聞いています。これも多様化・細分化の1つの形ではないでしょうか。
有井 私はテナント側のSCに対する見方が変わったと感じています。かつてアパレル業界ではSCを「新流通」と呼んで、百貨店に変わる新しい業態として注目していました。その後SC専門ブランドを立ち上げる会社も現れ、重要な販路として確立し、今では館の特性に合わせたブランドづくりを行っています。また、従来路面店か百貨店にしか出店しなかったようなラグジュアリーブランドが、客層を広げるために都心のSCにも出店するようになりました。これも大きな変化だと思います。
鹿野島 OMOなど、ECと実店舗をどう連携するのかに力を入れるようになったことを感じます。お客様にしてみれば、ネットのよさも店舗のよさも「いいとこどり」で味わいたいわけで、それに対応できるようにシステムまたは仕組みが進化してきました。店舗の在庫とECの在庫を連携させたり、オンラインで売れても店舗スタッフの売上げにできたり、そうした仕組みのなかからティックトックやインスタグラムで人気を集めるスター店員が出てきたり、実店舗とECの境界がなくなりつつあります。買う人はECも実店舗もこだわらないので、SNSの双方向性をうまく使っているブランドは強いと思います。
評価と課題、そしてこれから
青出木 とくに素晴らしい取り組みをしていると感じられるSCはありますか。
有井 特定のSCを挙げるのは難しいですが、館としての独自性をテナントと連携しながらつくっているような取り組みは評価しています。もう1つは社会のなかでの役割を意識して、地域共生に取り組んでいるディベロッパーですね。電鉄系のディベロッパーなどは駅の機能を生かした地域との連携を行っていますが、こうした例が増えていけばよいと感じます。
鹿野島 私は地域の日常の買い物を満たしてくれるSCがよいと思っています。そこに行けばひととおりのモノが揃うというのは、仕事や家庭で忙しい人たちにとっては時短になりますし、小さな子どもがいるとあちこち移動するのはたいへんなので、とてもありがたいわけです。神奈川県横浜市の「三井ショッピングパーク ららぽーと横浜」には子どもが楽しめる施設があって、親は子どもをそこで遊ばせている間に買い物ができます。このように、テナントも設備も生活需要に応えてくれるようなSCであることが重要だと感じています。
高橋 北海道札幌市の高級住宅街に位置する「マルヤマクラス」は、キーテナントのマックスバリュも高級ワインを揃えるなど、その地域特性に合わせたMDに力を入れており、「ここにしかない」SCになっています。また、前出したVISONは食のテーマパーク的な施設で、宿泊施設や入浴施設もあって、「ハレ」の気分にさせてくれます。こうした特別感があるSCは素晴らしいですね。
青出木 現在のSC業界にどのような課題を感じていますか。
高橋 SCが増え、さらに最近は百貨店やホームセンターなど他業種のSC化も進んでいます。そうした競合が増えゆくなか、SC専業はどう舵を取るのかが難しくなってきているように感じます。新しい取り組みをはじめるSCもありますが、そのきっかけを聞くと危機感や焦りというネガティブな理由が多いです。SCは40年、50年と続かなければならない地域インフラでもあり、いかに継続的にお客様に来館してもらい、売上げを上げていくか。そのための取り組みが求められているのではないでしょうか。
有井 課題といえば、やはり人手不足への対応でしょう。テナントスタッフの不足を解消するためには営業時間や休業日のあり方も含めた働き方改革を進めていく必要があります。それと同時に、私はティベロッパー側にも人材の不足を感じています。一人で複数の館の支配人を兼ねるケースも珍しくありません。それは効率化なのかもしれませんが、地域とのつながりやテナントとのコミュニケーションを考えると、運営に人が足りないのは致命的です。
鹿野島 私は地域の生活者とどう密着するかだと思います。今はバブル景気の頃と違って、「イケイケ」「キラキラ」の時代ではありません。多くの人は友人や家族、高齢者と過ごすための「やさしさ」や「心地よさ」を求めています。普通のモノを普通に買える、地域の人たちの等身大の消費にどう応えるのか。そこが重要です。
青出木 最後に今後のSC業界がどうなるのか、あるいはSCのあるべき姿などについてお聞かせください。
高橋 反対に「こうなったら嫌」というところで考えると、人手不足や資材高騰などで細かいテナントだらけになることですね。お客様の立場からすると、やはり顔になるような華やかなテナントは必要です。今後の流れとしては、モノを売る以外のスペースが増えると予想します。公園+SCなど、「遊びに行く」という買い物以外の動機づけが重要になるでしょう。また都心のSCなどでは、縦積みの考え方が変わる可能性があります。従来のオフィスとSCの複合案件ですと、下層部SCの売上げは当然重視されていましたが、これからの下層部SCは施設全体の「顔」として、売上げ以上に発信の役割を担うことになると考えます。
鹿野島 テナントともお客様ともコミュニケーションを密にとる時代になると思います。テナントはどこもよいSCに出店したいわけですから、ディベロッパー側もサポートをしながらテナントを育てていく、人間力があるSCであることが求められています。お客様についていえば、モノはある時代ですから、ただ買い物をするだけでなく、集いたい、遊びたいという目的があって、そのきっかけとしてのコミュニケーションを欲しています。施設側もただ場所を提供するだけでなく、集まって楽しんでもらうためのよい仕掛けや誘導が必要です。最近はスタートアップ企業の共創の場をつくるSCも増えていますが、これも場所だけでなくきちんとマッチングの仕組みまで提供していかないと機能しません。そうしたことも含めてコミュニケーションを密にしていくことが重要になるでしょう。
有井 コロナ禍で都心と郊外のSCの役割が大きく変わったと感じています。郊外や地方は生活密着型が求められるようになったのに対して、都心は人が集まらなくなって、「どうしたら来てもらえるか」という点に注力することが必要になりました。ラグジュアリーブランドや研ぎ澄まされた個性的なブランドが増えたのはそうした影響があると考えています。私は生活者の利便性に応えるうえで同質化が決して悪いとは考えていませんが、その一方で「渋谷PARCO」や「ラフォーレ原宿」のような独自性を求めるお客様もいます。今後のSCは、館ごとの個性を強めつつ、地域の需要に合わせてターゲットも役割も細分化していくのではないでしょうか。また、SCが地域のインフラとして認識されるには、街や社会の課題解決の役割を担っていくことも不可欠です。買い物以外の機能を広げていくことも必要ですし、環境など地球課題への貢献も考えないと支持されない時代になっています。海外のラグジュアリーブランドなどはディベロッパー側の環境への配慮を出店条件に入れているケースも多いです。
青出木 本日は日頃から流通業界を取材されている各メディアの視点からお話を伺いましたが、私もはっと気づかされることが多かったです。これからもSCの力で、地域、そして社会の課題解決のお手伝いができれば幸いです。
――本日はありがとうございました。
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高橋 直也
新卒で大手人材紹介会社に入社し、法人営業に従事。2010年10月に(株)産業タイムズ社に入社し、一貫して商業施設新聞を担当。2021年1月から編集長。
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有井 学
1991年に(株)繊研新聞社に入社し、編集局で勤務。1991年から国内外のスポーツ・カジュアル業界および紳士洋品業界、2002年から大手総合アパレルメーカー、2013年からSC業界の取材を担当。2018年から経済産業省担当も兼務し、産業政策全般を取材。
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鹿野島 智子
物流専門紙、不動産会社などを経て、2015年(株)ロジスティクス・パートナー入社。メーカーニュース担当を経て、2017年より流通ニュース担当。2020年6月編集長就任(現任)。商業施設、スーパーマーケット、コンビニエンスストア、百貨店、労働組合など幅広く取材活動を行っている。
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青出木 千夏
2003年日本毛織(株)入社。ニッケコルトンプラザ(千葉県市川市)、ニッケパークタウン(兵庫県加古川市)の施設運営やリニューアル事業を担当し、2021年より現職。(一社)日本ショッピングセンター協会情報委員会委員、SCアカデミー第6期生。
文/第一企画(株) 遠藤 宏之
※2023年9月開催
2040年ごろのSCはこうなる!?
スペシャル座談会「若手・中堅ディベロッパー社員が描く『ミライのSC』」やその後の議論などをもとに、今から20年後である2040年ごろのSCの姿をイラストにしてみました。
数字をクリックすると、解説が見れます。
イラスト/小林孝文(アッズーロ)
定休日・営業時間はより柔軟に
定休日・営業時間は、館内一律の設定から、従業員の働き方や店舗の利用傾向などを考慮してテナントごとに柔軟に設定できるSCが一般的になっている。
コンテンツが“おかず”の飲食ゾーン
飲食ゾーンのエンターテインメント化がより進む。ライブやプロスポーツなどの本格的なイベント、ナイトエンターテインメントなどを体感しながら飲食を楽しむ飲食ゾーンが増えている。
新たなモビリティ・物流に対応した施設づくり
空飛ぶクルマやドローン配送など新たなモビリティ・物流に対応した施設づくりが進む。
施設の管理がほぼ自動化
ロボットやAI、IoT技術などの活用により施設の管理業務がほぼ自動化。さらに、迷子や落とし物といった事象の早期発見なども可能になる。
何を買うかの時代から、誰から買うかの時代へ。人による接客が貴重に
販売員の“タレント化”がより進み、何を買うかの時代から、誰から買うかの時代へ。またロボットやAI接客の普及で人による接客が貴重な時代となり、人による接客がSC集客イベントにもなっている。こうしたイベントのほか、オンライン経由で人気販売員の接客が他の店舗でも受けられるようになる。SCは最新の情報やモノを仕入れる場所になっている。
パーソナライズ化がより進み、レジもなくなる
顔認証などの生体認証技術の実用化が進み、よりパーソナライズされた顧客体験の提供が可能となり、常連客の満足度も向上。会計行為も必要なくなり、店舗からレジ自体がなくなっている。
人にも地球にも優しい食が主流に
人にも地球にも優しい食生活が浸透し、飲食・食物販店ではオーガニック、プラントベース、サステナブル・シーフードなどを使用した商品が主流に。こうした取り組みをバックアップするため、SC自らが原材料の生産・物流などに積極的に関わっている。
あらゆる業務でロボットが活躍
店舗での接客だけでなく、警備や清掃、館内物流など、あらゆる業務でロボットやAIが人と共存しながら活躍している。
売上報告作業などテナントの閉店後業務がなくなる
閉店後に行うレジ締めやディベロッパーへの売上報告作業が自動化され、さらに品出しや片付けなどもロボットが行うため、従業員は閉店後すぐに帰宅できるようになる。
時間帯で使い分ける、AIと人とのハイブリッド接客
人手不足が今よりも深刻化する時代。AIやセキュリティ技術などがさらに発達し、AIによる接客と人による接客のハイブリッド化が進み、時間帯によっては接客方法を使い分ける店舗が増えている。
全国のSCでインバウンド対策が一般的に。泊まれる、暮らせるSCへ
訪日外国人観光客が日本全国に拡散し、これまで対策を行っていなかったSCでも消費獲得に向けた対策が当たり前に取り組まれている。また宿泊施設併設、あるいは周辺の民泊施設と連携した施設づくりが進むほか、サービスアパートメントなどの長期滞在施設とSCの融合により、SC内で気軽に暮らせる施設づくりが普及する。
SCの環境・地域共生の取り組みの本気度がテナント出店の当然の判断基準に
ほとんどのSCで施設の使用電力を100%再生可能エネルギーに切り替えられ、さらに人と環境にやさしいサステナブル建材が多用されるなど、館全体での環境対策が進んでいる。また、これまで以上に地域との関わりも深まっている。それらの取り組みの本気度がテナント出店の当然の判断基準になっている。